近年、男性優位社会で虐げられてきた女性の公的、私的領域での人権を尊重し、男性と平等に働き、生きる機会を得られるよう、制度、意識両面からの改革が求められている。しかしながら、男性の中にも平等の恩恵を享受できていない人たちが存在し、古くからある「男らしさ」のジェンダー(性)規範に生きづらさを抱えている人もいるのだ。
ここでは、20年以上にわたって1500人を取材し、日本企業の弊習や内面化された「男らしさ」の呪縛の深さを浮き彫りにした奥田祥子氏のルポ『シン・男がつらいよ 右肩下がりの時代の男性受難』(朝日新聞出版)より一部を抜粋。“恋愛経験ゼロ”の独身男性・高井祐太さん(仮名)が抱える苦悩を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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母親のために結婚したい
2006年、愛知県内で開かれた、独身男性が結婚するための能力を磨く講座で、講師の話に大きく頷きながら懸命にメモを取る男性がいた。IT企業でシステム・エンジニア(SE)を務める当時、32歳の高井祐太さん(仮名)だった。
1日の単発講座で昼休みを挟んで6時間にも及び、女性との会話術から、外見を改善するための服装選び、笑顔など豊かな表情の作り方、女性を心地よくさせるデートでの振る舞いまで、さまざまなメニューが用意されていた。終了後、高井さんに個別に取材を申し込むと、その場で1、2分考え込んだ後、ためらいがちに「僕なんかでいいなら」と承諾してくれた。
喫茶店の2人席で向き合うと、なかなか視線を合わせようとしない。結婚したいのにできない男性が増えている現状などを説明すると、こちらが質問するより先にぽつりぽつりと話し始めた。