「俺は家で死ぬ」

 入院も施設入所も拒み、住み慣れた家で最期を迎えることを望んだ父を、遠方から支え続けたジャーナリストの石川結貴さん。当初は「なんとかなるだろう」と考えていた。だが、「家で死ぬ」という父の希望を叶えるには、思いがけない壁や葛藤があったという。

 ここでは、石川さんが3年間の遠距離看取り体験を綴った『家で死ぬということ ひとり暮らしの親を看取るまで』(文藝春秋)より一部を抜粋。在宅介護を行う上で避けられない陰部洗浄、通称「インセン」に対する親子の葛藤を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

ADVERTISEMENT

◆◆◆

異性の親の「インセン」

 人工透析を拒否し、専門医療とつながろうとしなかった父は、腎不全の進行により次第に衰えていった。介護保険の再申請をしたが、重篤な状態であるにもかかわらず認定結果は要支援2。

 脆弱な介護体制の中、私は仕事を休業し、実家で父の介護を担うことになった。

 担当ケアマネジャーのTさんは「区分変更(要介護認定の見直し)」の手続きをしたが、認定結果が出るまでには1ヵ月ほどかかる。自費(利用者の自己負担による介護サービス利用)のリスクを抱えながら、「家で死ぬ」、「家で看取る」ための終末期介護がはじまった。

 あらたなケアプランには介護用ベッドやポータブルトイレなどの介護用品に加え、週に2度の訪問入浴が計画されていた。とはいえいずれも手配までは数日を要し、訪問入浴については一週間後からの開始だという。

「訪問入浴の際には浴室からの給湯が必要なので、ベッドやポータブルトイレが到着次第、お父様は一階の和室に移っていただきましょう。それまでは2階のおふとんで身体介護をさせていただきます」

 Tさんはいとも簡単そうに言ったが、プロによる介護は1日のうち1時間。残りは私が取り組むことになり、そこには予想を超えた事態が次々と降りかかった。

「ヘルパーがいないときは、娘さんがインセンをするんですよね? やり方はわかりますか」

 あらたな介護体制がスタートした初日、私と同世代の熟練ヘルパーからそう言われた。インセン? 聞いたこともない言葉の意味を尋ねると「陰部洗浄」、つまり汚れた陰部を洗って清潔にする行為だという。

「やり方を教えるので、よく見ていてください」

 ヘルパーは持参した空のペットボトルに50度のお湯を入れた。キャップにはキリで開けたような数個の穴があり、ボトルを逆さにすると簡易シャワーのように使える。

 次に寝ている父を横向きにさせ、隙間のできた敷布団の上に防水用のポリ袋と破って広げた紙パンツを広げた。本来は専用の防水シートを使うのだが、予備知識のない私は用意していない。紙パンツには水分を吸収する機能があるため、取り急ぎの代用品だ。

 つづいて父を仰向けの体勢に戻し、ジャージのズボン、つい最近使い出した紙パンツを脱がせた。露わになった下半身に一旦タオルをかける。

写真はイメージ ©️AFLO

 今度は陰部を覆うタオルをずらし、ペットボトルに入ったお湯をかけながらボディーソープを泡立たせる。介護用手袋をはめた両手で陰茎や陰嚢、肛門周辺などを丁寧に洗い、再びお湯をかけてタオルで拭く。防水用のポリ袋と広げた紙パンツを取り除いてひとまとめにしたら、父に新しい紙パンツと洗濯済みのジャージズボンを穿かせて完了だ。

「脱がせた紙パンツは汚れている場合もあるので、使い終わった防水シートと一緒に丸め、古新聞で包んでください。家庭用のゴミ袋に入れても安心して捨てられますから」

 そうしてインセンに使うタオルには「下」、顔や体を清拭するタオルには「身体」とマジックペンで記入した。こうすれば別々に洗濯できるからだが、なるほど「下の世話」とはよく言ったものだ。