「こんなことになるとはなぁ……」父の無念の響き
とはいえ所詮は「にわか」、少しやり方を教わった程度でうまくできるはずもない。ズボンの着脱だけで四苦八苦、陰部を洗い流したお湯をベッドにこぼして右往左往、そんな不手際がつづく。
「お父さん、下手くそでごめんね」
うろたえる私に、父はまた悲痛な声で訴える。
「もういいよ、そんなことやらなくていい。俺はトイレを使うし、汚れたままだって構わないから」
このころ、父はまだベッド脇に設置されたポータブルトイレで用を足せていた。一見インセンの必要はないように思えるが、便の拭き残しがあったり、ときどき便漏れしたり、結局のところ陰部は汚れる。それでも娘の手を煩わせるより、汚れたままで構わないと言い張る。
ここに来て「介護される側」の気持ちを知った。介護するほうに複雑な感情があるならば、相手にも同じか、それ以上の思いがある。娘や息子に下の世話をされる抵抗感、家族に迷惑をかける負い目や罪悪感、そもそも適切な介護が受けられないことへの苛立ちだってあるだろう。
ヘルパーの数倍の時間を要してインセンを済ませると、仰向けになった姿勢の父がつぶやいた。
「こんなことになるとはなぁ……」
ギュッと目を閉じたまま、無念そうな響きがする。
「悪いなぁ、悪いなぁ。おまえに申し訳なくて、もう明日にでも死ねたらなぁ……」
いかにも切なげなその言葉に、私のほうも胸がふさがるようだ。
「今さら何言ってんの。家で死ぬって散々言ったのはお父さんでしょ。そんなに早く死なないし、死ぬまでお世話させてもらうから大丈夫だよ」
気持ちを奮い立たせて明るい声を出した。それでも父の閉じた目尻に滲む涙を目にして、ますます胸がふさがる。
住み慣れた家で最期を迎える、家族に見守られて安らかに旅立つ、そんな美談では語れない心の揺れが、父にも私にも波のように押し寄せた。