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DeNA井納翔一は「炭坑のカナリヤ」だった

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/04/10
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〈うたを忘れたカナリヤは/うしろの山にすてましよか/いえいえそれはなりませぬ〉

 井納翔一は、カナリヤだった。

 籠に入れられたカナリヤが、真っ暗な炭坑に一番先に入っていく。カナリヤは人間より敏感に有毒ガスを察知して、そのさえずりを止めるから。

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 いつも井納は、炭坑のカナリヤのように、先の見えない真っ暗な試合に放り込まれていたと思う。数え上げればキリがない。2016年の開幕試合は、ケガをした山口の代わりに投げた。とにかくいつも相手チームのエースと投げ合った。菅野さん菅野さんひとつ抜かして菅野さんだ。2年連続“誰かの代役”としてオールスターにも出場した。調子の上がらない選手のために急遽ローテーションの入れ替えなんてのもざらだった。

今年5月で32歳になる井納 ©文藝春秋

 ベイスターズ初めてのCS進出のその初戦も、後のないファイナルステージ3戦目も投げた。誰もが今永だと思っていた2017年阪神とのCS初戦も先発した。ファイナルステージ第3戦なんて自ら打った1点を守り切って勝った。

 カナリヤは誰よりも先に炭坑に入り、道を拓いていった。

日本シリーズ初戦でKOされたカナリヤ

〈うたを忘れたカナリヤは/背戸の小藪に埋けましょか/いえいえそれはなりませぬ〉

 2017年の日本シリーズ。ふわっふわした頭のまま、なんの心の準備もできないまま、私はその初戦を取材先で迎えた。中継は見られずないから、握りしめたスマホの一球速報にチラチラ目をやって。起動するたびに、井納は静かに失点する。そしてテキストはこちらに何の配慮もなく、井納がランナーをためるだけためてマウンドを降りたことを告げていた。5回だった。その後ボッコボコに打ち込まれ、お化けフォークにクルックルされて、私は無言でiPhoneのホームボタンを押した。しょうがない。ベイスターズ選手にとっては全く経験のない大舞台。緊張でガチガチになるのはしょうがない。だって初戦だし、相手は千賀だし。負けてもともとだった。

日本シリーズ初戦、5回途中で降板した井納翔一 ©文藝春秋

 その時気づいてしまったのだ。「井納でよかった」と思っていた自分に。

 井納翔一は捉えどころのない選手で、大舞台で目の覚めるような投球を見せたかと思えば、びっくりするくらいあっさりKOされたりする。エースっぽくてエースじゃない、でもちょっとエース。そんなピッチャーな気がする。そしてそのムラッ気と、独特な言語センス、独自の生活ルールなどから、井納は「宇宙人」などと呼ばれている。ルーキーの時代にグローブをふたつ重ねて「バナナのたたき売り!!」と叫んだり、愛車の故障で借りた代車で4000km、つまり地球10分の1周分走行したり(※3週間で)、投げた球種は憶えていないし、ヒーローインタビューは事故る。キャンプではなぜか助っ人外国人チームに配置され、言語を超えたコミュニケーションを披露する。フードをかぶり紐を限界まで締め上げて同僚をビビらせ、三嶋の荷物を部屋から出しそこいらに吊るす謎の儀式を行い主に三嶋をビビらせる。チームメイトも、ファンたちも「井納は宇宙人だから」と目を細め、その言動を生温かく見守った。

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