ずっとそわそわしていた。
去年、テレビで初めて倉本を観てから、私は変わった。全然知らなかった野球、ベイスターズ、そして倉本が、私の生活の中心になった。主婦として家族を支えることが自分に与えられた人生だと、半分安心して、半分諦めて生きてきた。ベイスターズの勝敗や、倉本の活躍や、そして不調が私の心の扉をノックもせずになだれこんでくる。そんな自分に驚いたり戸惑ったりしているうちに、ベイスターズはCSを勝ち上がり日本シリーズにまで出場して、そして何事もなかったかのように、シーズンは終わってしまった。
「大和は守備の名手だから」
そわそわの原因は分かってる。FAという、他チームから必要な選手を獲得して補強する制度があることを知った。その制度を使って、ベイスターズは阪神から大和選手を獲得した。夫は私の反応を楽しむように「倉本もうかうかできないな。大和は守備の名手だから」と何度も言う。「でも、ベイスターズのショートは倉本よ」。そう、倉本は負担の大きいショートという守備位置を1年間ずっと担ってきた。通常ならピッチャーの打順、9番、おそらく野手としては複雑な打順をも、飲んで。何より石井琢朗に憧れているの、倉本は。ベイスターズのショートは倉本。ショート倉本、ショート倉本……。
ガチャン。
今度はお気に入りのマグカップが手をすり抜けた。
「おまえが心配したってしょうがないだろう」。夫のその一言は、私の、誰にも触れられたくない場所に土足で踏み込んできた。
「私、行ってくる」
「え、どこに?」
「沖縄」
「え?」
「宜野湾キャンプ」
レンタカーで国道58号線をひた走る
昔はよくこうして1人で運転して、音楽かけて大声で歌って、海まで行って、お茶して……やってたなぁ。いつからだろう、後ろの席で、運転する夫の後ろ姿だけを見るようになっていた。那覇空港でレンタカーを借りて、途中A&Wのドライブスルーでハンバーガーを買い、車は国道58号線をひた走った。夢を乗せて走る車道、明日への旅。東京から持ってきたサザンのCDが、倉本の大好きなサザンがそう歌ってる。宜野湾球場へと続くこの道は、倉本の夢を乗せているのかな。倉本選手、あなたの夢はなんですか。私の夢は、なんでしょうか。私……どうしちゃったんでしょうか。
倉本のことを好きになり色々と調べるうちに、目を覆いたくなるような誹謗中傷にもたくさん出会った。日本シリーズ、セカンド柴田から投げられたボールは、倉本のグラブに収まることはなかった。インターネットなんか知らなければよかったと、あの時ほど思ったことはない。どうか本人の目に触れませんように……それだけを祈って。私には、野球はよく分からない。でも、勝ち誇ったようにあのエラーを叩く人たちの言うことを鵜呑みにはしたくなかった。にわかでも、顔ファンでも、別になんと呼ばれようと、なんと思われようと、私は倉本が好きだから、今こうして、家族を置いて遠く沖縄まで来ている。あなたの不安や葛藤を、少しでも分かち合いたい、その一心で。