ホテルに帰ってからも心は落ち着かなかった。気分転換に外に出よう。私はエレベーターで一緒になったホテルスタッフにオススメの店を尋ねた。若い女性スタッフは少し悩んでからこう言った。
「この時間ですと、『笑笑』ですかね」
「え??」
一瞬言葉を飲んだ私を、諭すようにもう一度、
「笑う、笑うと書いて、『笑笑』です」と彼女は言った。
てっきり地元の、おばあ的居酒屋を紹介されると思い込んでいた私は、面食らった。『笑笑』かぁ……。でもそのときに、私は自分の、傲慢さに気づいた。沖縄に来て、当たり前に沖縄らしさを享受しようと思っていた自分の傲慢さに。だって当たり前のことなんて何もない。当たり前だと思っていたショート倉本も、本当は当たり前じゃなかったって、今日フーチバーすばを食べながらそのことを噛みしめたはずなのに。いや、そうだ。夫婦だって、家族だって、当たり前にあるものじゃない。お互い努力して、関係性を築き上げるものなのに。ショートとセカンドのように。それなのに私は夫ばかりを責めて、自分を悲劇のヒロインに仕立て上げて。ひとり悶々としてる私を、女性スタッフは心配そうに見つめていた。
沖縄に来て初めて夫にメールした
急に寂しさにおそわれた。笑笑のポテトフライは、少ししょっぱかった。私は沖縄に来て初めて夫にメールした。
「宜野湾キャンプに行ってきました。あなたの言ってた通り、大和選手の守備は素晴らしかったです」
しばらくして夫から返事がきた。
「今こうちゃんを寝かしつけた。たまにはゆっくりしてこいよ。あと、ベイスターズは2軍キャンプを嘉手納でやってるから、どうせならそっちも見てくれば?」
そして、
「お土産は海ぶどうがいい」
嘉手納はひっそりとしていた
私は翌日再び車に乗って、今度は嘉手納へと向かった。アメリカの色が濃くなると同時に、緑は多くなり、人は少なくなる。賑やかだった宜野湾に比べると、嘉手納はひっそりとしていた。球場の近くを流れる比謝川のザアザアという水音と、たまに通る車のエンジン音だけが響いていた。
なんだか懐かしいような、不思議な場所だった。客席の入り口、古い石段の手前で、私はしばらく立ち止まる。ボールがグラブに収まる音、選手たちの元気な掛け声だけをしばらく聞いていた。ゆっくりと階段を昇ると、ホームのユニフォームに身を包んだ選手たちがキャッチボールしている姿が目に飛び込んできた。