映画『コロニアの子供たち』で描かれたグルーミング
この「特別感」を用いるグルーミングの手段は、2023年に公開された映画『コロニアの子供たち』でも実によく描かれています。
この映画は史実をベースにしたもので、題材となったのはチリにあったカルト共同体「コロニア・ディグニダ」です。1960年代初頭にナチス残党のパウル・シェーファーという宗教家が設立した共同体で、いまも名前を変えて存続しています。
一見すると人々は「労働・秩序・清廉」をモットーに慎ましやかな共同生活を送っているのですが、実はシェーファーら少数の支配層を支えるため、長時間労働を強要され、私語もほとんど禁じられた状態で常に監視されています。その狭いコミュニティでは、シェーファーは絶対的な指導者で、誰も逆らえる者はいません。多くの人々は洗脳状態なのですが、なかには脱走したり、異議を唱える者も出てきます。そうした異分子には、薬物や電気ショックなど容赦ない拷問が行われていました。さらに共同体では、少年たちへの性暴力も日常的に行われ、指導者のシェーファーは毎夜のように自室に少年を招き入れ、性加害を繰り返していたといいます。
シェーファーは絶対的指導者です。彼の発言は絶対で、コロニアで暮らす人々には拒否権はありません。指導者とそのコミュニティで暮らす少年という明確な地位関係を利用して、シェーファーは性的虐待を繰り返していくのです。
劇中では、シェーファーが少年たちのなかからひとりだけを選び、「テレビを特別に見せてあげる」と甘い言葉を用いて、自室に誘い込む様子が描かれています。主人公の少年は、実はすでに自分以外の少年が性虐待を受けていることを知っていました。しかし、「ついに自分にもその番が回ってきたのか」と絶望の表情を浮かべ、観念したようにシェーファーの部屋に向かっていくのです。
「アメとムチ」を巧みに使って子どもを懐柔するのもグルーミングの典型パターン
シェーファーはときにやさしく、またときに少年が反抗的な態度を示すと厳しい言葉で叱ります。「アメとムチ」を巧みに使って少年たちを懐柔していくのですが、これもグルーミングの典型パターンです。私も映画のパンフレットに「KAWAII」と題して、「この映画は、子どもがいかにして主体性を奪われ加害者に巧妙に支配されていくかを知るには格好の作品」と寄稿しました。
ちなみにドイツ人のシェーファーが故郷から遠く離れたチリでコロニア・ディグニダを設立した背景には、彼が小児性犯罪者だったことも関係しています。シェーファーは第二次世界大戦が終結したドイツで1954年に戦争孤児院を設立しています。しかし、すぐに男児に対する性的虐待の罪で告発され国外に逃亡、最終的にチリにたどり着いたという経緯があります。シェーファーは孤児院設立という社会的には正義と思われる行為を隠れ蓑(みの)にして、小児性犯罪を行っていたわけです。
なお、コロニアにおける児童虐待や拷問や洗脳は、当時チリの軍事政権や警察によってひた隠しにされていたため、1997年にシェーファーがチリから逃亡するまで続いていました。拷問や洗脳、児童虐待とおぞましい単語が並びますが、絶対的な権力者が国家までも手なずけた構造そのものは、対岸の火事ではないようにも思えます。
*2「『ジャニーさんのひざの上に乗って耳舐めなきゃだめだよ』“ジャニー性被害”を26年前に告白した元アイドル・豊川誕が明かす《芸能界の悪習》と《ジュリー社長への願い》」文春オンライン、2023年7月1日