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阪神・藤浪晋太郎は“ただのガラス”で終わらない

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/04/12

藤浪の言葉には打算がない

 シーズンが始まる前の2月、こんなことがあった。ラジオにゲスト出演していた藤浪が、ライバルは? という質問に対して「人のことをどうこう言うタイプじゃないので、あんまりないです」。それでも話を引き出そうとした質問者が続けて、負けたくない選手はいるか、大谷翔平や鈴木誠也が同年代だが? と聞いたところ「とくに負けたくないとかは……(大谷のことは)それはそれですね。(誠也も)試合に入ったら9人の中のひとり、誠也に打たれても他のバッターに打たれなければいい。誠也にライバル心を燃やして、バテて後半打たれましたじゃ話にならないですから」と大真面目に答えていた。

 私はそれを聞きながら、なんて正直で不器用なんだろう、もうちょっと適当に答えてもいいのに、藤浪はそうしないんだなぁと心を打たれた。藤浪の言葉には打算がない。ひどく透明で、どこまでも透き通っている。

 そう思うことはほかにも多々あって、たとえば3月31日付のweb Sportivaのインタビューでは「媚を売ったり、ゴマをすって自分のポジションを得ようとしたりする大人にはなりたくない」と語っていた。あまりに濁りがなさすぎて、そんなことを言って大丈夫? 誤解されるんじゃない? とハラハラしつつも、私は藤浪の、そういうところが好きなんだよなぁと感じ入る。包み隠さず打算なく生きていく藤浪、どこまでも、まっすぐに。

包み隠さず打算なく生きていく藤浪晋太郎 ©文藝春秋

ただのガラスが強化ガラスになる日まで

 とか、そんなことを長ったらしく飲み屋でべらべら喋りつつ「藤浪はまっすぐで、色に喩えると透明なんだよ、だから応援したいんだよ」と私がくだを巻くと、話を聞いていたおじさんが「藤浪ってのは、ガラスみたいなやつだな」と言った。

 私は一瞬、何てことを言いやがる、割れやすいと言いたいのか、と思ったけれど、だったら割れにくいガラスになればいい話であって、そう考えると今の試行錯誤は強化ガラスになるための過程だと思えてきて、おおよ、ガラスで結構、ガラス上等、ガラスの藤浪いいじゃない? 透明で、純粋で、光を受ければきらきらと輝き、そこにはいろいろなものが映り込む。希望や絶望、美しさに醜さ、見る者の姿が映り込む。藤浪は私、私は藤浪、おれがあいつであいつがおれで!

 という思考を経て、私は藤浪が強化ガラスになるのを、歯を食いしばって見守ろうと決めた。といって、どうすれば強化ガラスになれるのかはわからない。でもたとえば、普通のガラスと強化ガラス、材料と見た目は一緒だけども、内部より先に表面を冷却できれば、強化ガラスになるらしい。原理的にはそんなちょっとしたことで別物になるのであれば、藤浪だって本当に小さなきっかけで、何かを掴むかもしれない。

 金本監督は結果の出せない藤浪に「どこまでチャンスを与えていいのか」という趣旨の発言をしたそうだけど、いちファンの勝手な希望としては、今少し、もう少し、待ってほしいな。守っている方も苦しいだろうし、見ている方も苦しいのだけど、今少し、あと少し。きっと背番号19は、ただのガラスじゃ終わらない。

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