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井上尚弥(30)のパンチはなぜ強いのか? 対戦相手が明かした“硬いもので殴られた感覚”「かするパンチでも1発1発、凄まじい威力を感じたんだ」

井上尚弥の名勝負を振り返る

2023/12/26
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 試合再開。まだ1分45秒も残っている。井上が詰め、オマールが下げられる展開だ。フットワークとボディーワークで井上の猛攻をなんとか凌ぐ。井上の強打とオマールのディフェンス力が絡み合う。オマールは形勢を立て直し、突破口を見いだそうと、左ストレート、左のオーバーハンドを放った。王者の意地だ。だが、攻撃にいったところに右ボディーをもらい、一瞬よろけた。井上がすぐに攻めてくる。しっかりガードを固めて耐える。井上の右2連発をブロッキングで弾いた。ようやく終了のゴングが鳴った。

 長い長い3分間が終わった。

 コーナーに戻り、椅子に座る。

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「インターバル中はここから新しい試合が始まると、ポジティブに考え直すことができた。さらに4、5、6ラウンドくらいのことも想像していたんだ」

 第2ラウンド。

 挑戦者は手を緩めない。オマールも前に出るが、右ボディーを食らうと、その後はワンツー、ワンツーの連打が顔面へ飛んでくる。

えぐられるような痛みを感じた“左ボディー”

 1分30秒過ぎ。オマールは反撃とばかりに思い切って前に出て、右フックを放った。躱されたと思ったら、気付いたときには左膝をついていた。コンパクトな左フックを浴びていた。井上の狙い澄ましたカウンターだった。3度目のダウン。

 カウント7で立ち上がった。

 圧力をかけてくる井上。オマールは後退してロープ際に追い込まれた。挑戦者の左、左、右のパンチが顔面を襲う。オマールは必死になって顔をガードで固めると、空いた腹に左が飛んできた。なんとか堪える。まったく同じコンビネーションの顔面へ左、左、右から、左ボディーが2度続いた。2回目の左ボディーはえぐられるような痛みだった。もう耐えられない。一瞬の後れとともに、オマールは顔を歪め、崩れ落ちた。そのまま正座のような体勢になった。レフェリーのカウントが進む。

 立てない……。カウントは10を数えた。

 2回3分1秒、KO負け。

 4年半温めたベルトを手放すときがやってきた。

「最後はもうこれ以上続けても無理だなという諦めだった。なので、続けなかった。立てたけど、もうダメージを食らうだけだという判断だった」

 そして、はっきりと言った。

「井上と私の間に大きな差を感じたんだよ……」

 衝撃の結末にセコンド陣は混乱していた。長兄マルセロが大きな声で言った。

「井上のバンデージに何か仕込まれているんじゃないか」

 これまで不倒のオマールがこんなに倒れるはずがない。

グローブを外して拳を確認してみると…

 ネストルも兄が何度もひざまずく姿に驚き、井上陣営に歩み寄った。2009年1月、WBA世界ウエルター級スーパー王者のアントニオ・マルガリートがシェーン・モズリー戦でバンデージの中に石膏のようなパッドを不正使用していた疑惑が頭に浮かぶ。井上にグローブとバンデージのチェックを要求した。リング中央に集まり、井上がグローブを外した。拳に巻かれていたのは白い布だけだった。