1ページ目から読む
3/3ページ目

 そのため『フリーレン』の後に読むと実に騒がしく感じるが、少年漫画の表現としては『ONE PIECE』の方がスタンダードで、『フリーレン』の静かなトーンの方が異常なのだ。

 この静かなトーンは演出にも反映されており、淡々としたコマ運びによって生まれる絶妙な間によって生まれるユーモアは、『タッチ』(小学館)等のあだち充の漫画を連想させる。

「葬送のフリーレン」PV第2弾より

 一方、老いたヒンメルやハイターの飄々としたかわいいおじさんの描写やクールな魔族の描写は高橋留美子が描くキャラクターを連想させる。何より、不老長寿のフリーレンと限られた生を生きる人間の対比は、人魚の肉を食べてしまったことで不老不死となった男女の旅を描いた高橋留美子の『人魚シリーズ』(同)を彷彿とさせるものがあり、高橋が中世ファンタジーを描いたらこういう漫画になっていたのではないかとも感じた。

ADVERTISEMENT

 あだちも高橋も少年サンデーを代表する漫画家だが、二人の影響が色濃く見える『フリーレン』は少年サンデーの遺伝子をしっかりと継承したクールな漫画で、『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』といった熱量の高い少年ジャンプの漫画を原作としたアニメが全盛の現在だからこそ、強烈なカウンターとして機能している。

この静かさは、「大きい声を出すことを躊躇する」時代の気分?

 おそらく、本作の静けさは、フリーレンから見えている世界を現しているのだろう。だが同時に強く感じるのは、この静かなトーンに、今の私たちが感じている無意識の気分が作品内に反映されているのではないか? と言うことだ。

主人公の同行者、フェルン。バトルシーンのクライマックスでもこの表情、声を荒げることもほとんどない 「葬送のフリーレン」本PVより

『フリーレン』の連載がスタートしたのは2020年4月28日。新型コロナウィルスのパンデミックが広がり、ソーシャルディスタンスとマスク着用が「新しい日常」として急速に定着していった時期だった。あれから3年がたち表向きはだいぶ収まったように見え、街を歩いていても、マスクを着けている人は半数ぐらいになってきている印象だが、それでもこの4年弱で定着した空気は未だ残っている。

 特にそれは対面で人と話す時に感じるのだが、必要以上に大きい声を出すことに対しどこか躊躇する自分がいて、できるだけ声を荒げずに静かに落ち着いて話したいと考えてしまう。

 同時に強く感じるのが、2011年の東日本大震災を経て、震災復興の象徴として大きく盛り上がるはずだった2020年の東京オリンピックへと向かう中で生まれた2010年代の日本を覆っていた躁状態が、2020年のコロナ禍によって、ある種の鬱状態に反転してしまったのではないかということだ。

 2010年代を象徴する躁状態の極みと言える終始ハイテンションだったファンタジー漫画『進撃の巨人』(講談社)のアニメ版の最終回となる『「進撃の巨人」 The Final Season 完結編(後編)』が『フリーレン』と入れ替わるように放送されたのは、とても象徴的な出来事だが、本作に漂う魔王討伐という大きなお祭りが終わった後の脱力した静けさは、今の日本を覆う空気そのものである。