「僕は広い心を持って優しく接してあげられない自分に腹が立ち、自己嫌悪に陥っていた」
度重なる心労から、ときには「一家心中事件」に共感を覚えたことも……。最愛の妻・大山のぶ代さん(90)の認知症介護に悩んだ、俳優の砂川啓介さん(2017年逝去)の告白を、著書『娘になった妻、のぶ代へ』(双葉社)より一部抜粋してお届けします。(全2回の2回目/前編を読む)
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追いつめられて……
僕の介護生活は、カミさんが認知症になってからというよりも、脳梗塞で倒れた直後から始まっていたわけだが、特に認知症の症状が顕著になったここ2~3年ほどは、マネージャーの小林や家政婦の野沢さんの力を借りることが増えた。
小林は、カミさんをお風呂に入れてくれたり、僕が不在のときに彼女の通院に付き添ってくれたりと、仕事上の付き合いを越えて、僕たち夫婦を支えてくれている。
20年近く前から週2回、掃除などの家事を手伝ってくれている野沢さんは、偶然にも介護経験があるという。そのため、カミさんへの接し方も上手で、汚物処理の手伝いなども嫌がらずにやってくれるので、本当にありがたい。
それでも、基本的に家事や介護をするのは、夫である僕でしかない。
だから、カミさんと一日中二人きりで家にいると、日によっては、どうしても苛立ちを抑えられないことがある。僕が懸命に説明しても、彼女と意思の疎通ができないことも多いからだ。
「それは、違うでしょ」
「ダメだよ」
と、僕がどんなに諭しても、ペコはまったく言うことを聞いてくれない。それどころか、こちらがしつこく言うほど、彼女もムキになって反論してくる。
たとえば、こんなときだ――。
数分前に薬を飲んだばかりだというのに、それを覚えていないことがあった。僕は、2階のリビングにあるゴミ箱に捨てた空の薬のパッケージを取り出して、カミさんに見せる。
「ほら、ペコ、今日はもう飲んだでしょ」
「飲んでないわ」
「ここに、空のパッケージがあるじゃない。これ、さっき飲んだ分だよ」
「あたし、飲んでないわ。これ、誰が飲んだの?」