部長の顔色が変わったのは、施設の子どもたちがプライベートパーツを触られた被害を伝えたときだった。プライベートパーツとは、胸、口、おしり、性器をさす。プライベートパーツを本人の同意なく触る行為が保護者や児童養護施設職員によって行われた場合、監護者わいせつ罪に相当する。刑法179条による監護者わいせつ罪の法定刑は6カ月以上10年以下の懲役。 起訴され有罪になると執行猶予がつかない限り、刑務所に収監される。
部長は「この取材を虐待通告と受け止めて再調査に着手したい。過去の被害だからといって終わったことだとは我々は捉えません」と断言し、次のように続けた。
「証拠がないから虐待認定はできなかったけれども、白ではないと思っている、おかしいという声が上がっているということは繰り返し施設長に言ってきているつもりだった。ですが、それも施設側からすると、性虐待が認定されなかったという認識で、自分たちは無罪というか、何もないと受け取られていたのかもしれない」
ドキュメンタリー映画で被害を訴えた女性
1本のドキュメンタリー映画を部長に見てもらった。
<施設での生活で大事なところを触ったのを、施設の職員の立場を利用してもみ消したのは許せません。大人が信じれなくなりました>
被害を訴える少女の言葉には熊本弁のイントネーションがある。
このドキュメンタリー映画『REAL VOICE』は、監督の山本昌子氏が47都道府県の児童養護施設出身者、計70名に対して虐待経験についてインタビューと撮影をし、制作された。今も全国で上映され続けており、2023年9月末にはカナダ・トロントで上映会が行われた。
山本監督も児童養護施設出身だ。そして2022年秋に熊本市で話を聞いたこの少女こそ、《連載1》で身体接触がたびたびあったと証言したBさん(18歳)だ。
映像を見た部長は言葉を失い、もう一度繰り返した。
「新たにまたこういう情報をいただいたので、同じ案件かもしれないけどまた調査はします」
まだ在園している被害児と成人被害女性では、行政の取るべき対応は異なると部長は述べた。そして、施設を再調査し、すでに施設を離れた成人の被害女性3人に対しては聞き取りの場を設けると彼女たちに伝えてほしい、と筆者に伝言を託した。
この件について再調査しないことに
そして3週間後の2023年6月末。
部長が明言した「聞き取りの場」について聞くため、電話をかけた。すると、自治体の第三者組織である社会福祉審議会の児童福祉専門分科会が、被害女性に対面で聞き取りを行う案を示した。
一方で、「内部で上司とも検討したが、我々としては過去に通告を受けた段階で調査を行い、手を尽くしたと考えている」と、施設を再調査しないという判断が伝えられた。詳細を語らなかったが、取材時の「また調査します」という言葉より明らかにトーンダウンしていた。
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三宅玲子氏による本記事の全文「熊本市で繰り返された性虐待の実態」は「文藝春秋 電子版」に掲載されています。