子どもにとって拠り所となる熊本市の児童養護施設で、女児の胸を触り、裸を覗き見するなど複数の性虐待が続いた。加害者は当該施設で勤務する30代男性職員だ。ノンフィクションライターの三宅玲子氏は被害者女性や、現場を知る元職員から寄せられた証言をもとに、現地を徹底取材した。

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性虐待が放置される原因

 ジャニー喜多川氏による性虐待の全体像はまだ明らかになっていない。

 被害者が膨大な数に及んだのは、60年以上にわたり加害が放置されたためだ。外部専門家による再発防止特別チームは、放置の背景にある2つの問題を指摘している。 

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2023年10月に新社名「SMILE-UP.」を発表する東山紀之氏。このあと社長就任を辞退 Ⓒ時事通信

 ひとつは、同族経営の問題だ。ジャニー喜多川氏と姉・メリー氏が経営権を独占し、ガバナンスは効かず、幹部は被害の隠蔽に加担した。もうひとつは、報道機関が沈黙してきたことだ。ジャニーズ事務所のタレントは視聴率や販売部数を稼げる圧倒的に強いコンテンツだった。報道機関は子どもの権利より自社の利益を優先したのだ。

 だが、子どもの権利をないがしろにしているのは芸能界だけではない。

 ある児童養護施設で性虐待が行われているという情報に接したのは、英BBCによってジャニーズ報道が再燃するよりも前、2022年12月のことだった。

 児童養護施設は熊本市にあり、加害が疑われる職員は理事長の息子(30代)だという。この施設は熊本市に実在するが、本稿では施設名を記載しない。特定による被害者への二次被害を避けるためだ。

 そもそも児童養護施設とは、保護者が何らかの理由で育てられない家庭の子どもが生活する場だ。全国約600の施設のほとんどが社会福祉法人による運営で、運営費は国と地方自治体によって賄われている。

 そこで暮らす2万7千人のうち、約65パーセントに虐待の経験がある(2018年2月1日厚労省児童養護施設入所児童等調査)。心身の傷ついた子どもが安心して生活し、自尊心を健全に育むべき場所で大人による性虐待が起きているのが事実だとすれば、被害児の恐怖とトラウマの深さは想像にあまりある。

 さっそく取材を始めると、同時多発的に複数の情報が寄せられた。

 10人近い関係者、3人の女性被害者に9回に分けて話を聞いた結果、浮かび上がってきたのは、性虐待が長期間にわたって行われていた疑いだ。

 加害が疑われる職員を、仮にX氏としよう。彼は10年前にこの施設の女子施設で児童指導員として働き始めたという。児童指導員とは、児童養護施設で暮らす子どもたちの日常生活をケアする職種の呼称だ。

 児童指導員は専門資格ではないが、児童福祉や社会福祉、教育学を学ぶ専門学校・大学を卒業しているなどの要件を満たすことが求められる。保護者からの虐待により愛着形成に課題のある子どもたちは、精神的に不安定になりやすい。そうした子どもたちの生活基盤を整え、安定した精神状態で生活できるよう支援する。子どもに信頼されないと成り立たない仕事だ。

夜、寝ていると胸を触られて

 X氏から2015年に胸を触られる被害にあったと証言したのはAさんだ。本人の希望により現在の年齢と、被害時の年齢は伏せる。

 小学生だったAさんは、夜、施設の自室で寝ていたとき、X氏に下着の上から胸を触られた。X氏が入職して3年目のことだった。

 このときAさんは恐怖と動揺ですぐに大人に打ち明けることができなかった。1年ほど経って他の職員が把握し、X氏を含めた話し合いの場が用意された。X氏は「毛布がずり落ちていたから掛け直した」と釈明しつつも、「ごめんなさい」と謝り、仲介した職員によりその場で仲直りをさせられた。

 だが、触られたのが初めてではないような気がしたと、Aさんは当時を振り返った。

「もっと小さかった頃はX氏と仲がよくて、膝に乗ったりおんぶされたり、こちょこちょされたりしてました。だから、寝ていて胸を触られたとき、それまで私が気づかなかっただけで、前から触られてたんだと思いました」

当該施設で暮らしていたBさん Ⓒ文藝春秋

 Aさんは職員に促されて“仲直り”するよりほかなかったが、そのことを後悔している。

「あのとき職員が虐待として外部機関に通告してくれていたら、被害は繰り返されなかったかもしれない」

 Aさんがそう思ったのは、この後も別の年下の女児に対し、加害が続いたからだ。