X氏の父親は加害を知りながら
施設職員による子どもへの性虐待は監護者わいせつ罪(刑法179条)にあたる。プライベートパーツ(胸、口、おしり、性器)を触ることは当然、罪に問われる。しかし、Bさんによると、X氏の父は息子による加害の事実を知っていたという。父は、当該施設の理事長と施設長を兼務する。
じつはBさんへの加害が始まった頃、施設の子どもたちに対して児童相談所(以下、児相)が定期的なアンケート調査を行った。施設での生活の困りごとを尋ねるその用紙に、BさんはX氏による加害を書き込んだ。
提出後、Bさんは理事長からその記述について聞き取りをされた。
理事長に「これ、本当のことなの?」と問われ、Bさんは「本当だよ。だから書いたんだよ」と答えた。このとき理事長は改善を約束したとBさんは言う。
しかし事態は好転せず、Bさんは同年の秋に児相の職員に直接、被害を訴えた。職員は真剣に聞いてくれたが、状況は変わらなかった。そこで警察にも訴えた。約1年半で計10回ほど児相と警察に足を運んだ。
「学校の帰りに交番に相談に行ったことがありました。暗くなったので警察官がパトカーで施設に送り届けてくれて、理事長とX氏に注意してくれたんですが、理事長は『施設内の問題なのでこちらで解決します』と言い、警察官は帰りました。警察が理事長に厳重注意したとも施設の先生から聞いたことがあります。でも結局は何も変わりませんでした。児相の職員さんにしても、だんだん諦めモードに変わっていったと感じました」
加害が始まって1年半後に施設を退所し、Bさんは別の社会福祉法人が運営するファミリーホームに移った。
子どもの性被害は証言や物証が残りにくい。そのため児相の職員はBさんに、被害にあった日時をメモするように助言したという。被害の記録や物証を示さなくてはならないというのは、一理あるように聞こえるが、被害を受けた直後に記録をするのは大人でも負担が大きい。それを子どもに求めるのは酷ではないか。
職員が一斉退職する事態に
X氏と女児たちの関係について文書で理事長に報告した職員がいた。
それは、X氏による特定の中高生少女への金品供与がきっかけだった。当時、施設ではスマホ所有は禁じられていた。ところがX氏はスマホやタブレットを特定の少女に個人的に貸し、また、漫画やDVD、シャンプー、トリートメント、柔軟剤など、中高生の小遣いでは手の届かない品を複数の少女にポケットマネーで買い与えていた。
このような子どもを手なずける行為を「グルーミング」という。相手と感情的なつながりを築き、接近する準備行動で、子どもの性暴力や虐待への妨害、抵抗を低下させるのが目的だ。
X氏の行為はグルーミングにあたると職員間で問題になり、3人の職員が理事長に文書で報告。X氏の女児との性的な距離の近さについても文書で問題提起した。
X氏は事実を認め謝罪したが、父親の理事長がX氏を女子施設に配置し続けたため、職員3人は抗議の意味を込めて2021年8月に一斉退職。退職翌月の9月、3人は熊本市こども政策課と児相に報告書を提出し、虐待を通告した。前出の元職員Dさんは、3人のうちの1人だ。
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三宅玲子氏による本記事の全文「熊本市で繰り返された性虐待の実態」は「文藝春秋 電子版」に掲載されています。