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もっとも笑っていた松本人志。なぜそこまで笑うのか

「『たまたま面白くなった』はあり得ない。確実に面白くなるように、こちらで作りこまなくてはいけないので、また会議が長くなるわけです」(高須、同書より)

 また逆に、芸人が登場するネタは「作り込んだ」ものでは、もはやダウンタウンらは笑わない。“作られたもの”に見せないように作り込むのが大切なのだ。

©文藝春秋

「この番組って突きつめていくと哲学みたいなもんですよ。『人はどんなことで笑うのか?』という部分でね。本当に毎回『えっ、こんなことで笑うのか!』という発見が必ずありますから」(同書)と菅賢治は言う。

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ビズボランテHPより引用

 番組の最後に笑ってしまって罰を受けた回数が発表されるが、そこでほぼ毎回1位になるのは松本人志。よく松本自身は、自分だけ判定が厳しい、他の人が笑っても見逃されているなどと不満を漏らしていたが、それ以上に、やはりもっとも面白い人は、「面白い」ことに敏感で些細な可笑しみに気づいてしまうという証明でもあるのだろう。

 松本人志は先日放送されたビートたけしとのトーク(『まつもtoなかい』23年12月3日)で、たけしの「十八番も大事だけど、これをキレイに裏切ることも大事」だという「エンタメは振り子」という持論を受けてこう語っている。

「『笑ってはいけない』を考えた時はまさにそうで、ダウンタウンが最終的に笑わされて笑ったら罰を受けるっていうのは表裏一体というか。そういう発想でできた企画」

『笑ってはいけない』シリーズはテレビの“忘年会”だった

 大晦日の一夜だけ、普段、笑わせている、つまりはある種の“権力者”たる彼らの立場が逆転し、笑わせられ罰を受ける。その痛快さが大晦日には必要だった。ほんの少しでも溜飲を下げながら、嫌なことを忘れることができる。まさしくテレビの“忘年会”だ。

 もう体を張る必要もない彼らが身体を酷使して戦っている。だからスタッフにとっても戦いだ。

「この番組は我々が1年に1回見せる“意地”なんです」(前出の本)と菅賢治が言うように、『笑ってはいけない』シリーズはテレビが見せてくれる「意地」に違いなかった。