佐藤浩市さんがスッと右手が差し出し…
自分の中の感情をはじけさせ、100%昇華させることができたような、そんな気がしたのだ。
快感の余韻をかみしめながらセットを出た時、目の前にスッと右手が差し出された。
佐藤さんの手だった。驚きと感激に震えながら、僕も右手を差し出す。強く握った佐藤さんの手は、温かかった。
「良かったよ」とか「いい芝居だったな」などといった言葉はなかったけれど、僕は確かに感じた。
芝居は人間どうしがやるものであり、誰と一緒に演じるのかによって、内容は変化する。いわば人間どうしが起こす化学反応のようなものだ。同じシーンでも、相手の表情やセリフの抑揚が少しでも変われば、シーン全体の印象は大きく変わってくる。二度と同じ瞬間はないし、正解も決まっていない。だからこそ、自分の感覚が正しいのかどうか、不安になることがある。
役者という仕事の醍醐味とは
あの時感じた快感は、役者として間違っていなかった――。佐藤さんに握手をしていただいたことで、初めて自分の感覚を信じられたような気がした。
正解のないものを追求するからこそ、「いい芝居だった」と感じた時に、お互いをたたえ合うことによって、それぞれが自信をつけていく。それが、役者という仕事の醍醐味の1つなのかもしれない。
「お互いに」といっても、この時は僕が佐藤さんに自信を与えてもらっただけで、僕は佐藤さんにそれをできるような立場にもなければ、そのような能力もない。
いつか他の現場で、若手の役者のいい芝居を引き出し、自信を与えられるようになる。それが、佐藤さんへの恩返しにつながると思う