天童荒太さんが久しぶりの本格的なサスペンス小説を上梓した。
「随分離れていたので、サスペンスにはまた取り組みたいと思っていました。
当初、女性編集者とフェミニズム的な問題を扱えないかと話し合っていました。性差つまりジェンダーは、歴史や文化を含む社会の構造そのもの。難しいテーマになりますが、サスペンスの引力があれば、読者を惹きつけることができると思ったんです」
八王子南署強行犯係の鞍岡(くらおか)は、「警視庁イチの雄ゴリラ」とも呼ばれる肉体派。ある男性が裸で縛られ殺害された事件で、捜査一課のクールな若手刑事・志波(しば)とバディを組むことになる。
「警察小説の要諦は職業への誇りと意志を貫く姿勢だと思います。でも僕は基本的に、自分の職業に疑いを持っている人たちが好き(笑)。それは、変わりたいと願っているということの証でもあるからです。マッチョな鞍岡も性差が生む世の不均衡を理解したいと思っているし、志波も鞍岡と一緒にいれば変われるかもしれないと密かに考えています。実際、現実の社会において警察官が真に悪を裁くことができるのかという問いに、彼らなら向き合わざるを得ないはず。本格的な警察小説は初めてでしたが、職務を全うしつつ、自らの組織も完全ではないと知る人物を描くことを目指しました」
縛られた被害者の裸の遺体には、レイプの痕跡と、体内に「目には目を」のメッセージが残されていた。捜査を進める中明らかになった、被害者の息子が3年前、準強制性交で「起訴猶予」とされていた事実。かつてもみ消されたこの事件は、当事者とその家族を今も苦しめ続けていた。一体誰が加害者で、被害者なのか? 事件は連鎖し物語はノンストップで展開する。
「鞍岡はある重要な局面で、性犯罪を軽視する風潮は、特定の誰かではなく、我々の罪だと語ります。このセリフが出て来た時、自分でも大きな発見があったと同時に、深く納得したんです。これまでもジェンダー・クライムについて考え続けてはいたのですが、社会や他人だけを責めるのではなく、ようやくきちんと自分に槍を向けることができた。この小説を書いて本当によかったと思えた瞬間でもありました」
「ジェンダー・クライム」という言葉は執筆に際し天童さんが考案した。
「ストーカー殺人や男女それぞれへのセクハラなど、性差が問題の根底にある事件や事象のすべてを指します。日本では被害者を責める風潮が未だ根強い。見過ごされて来た犯罪や苦しみに呼び方が付くことで、問題が明らかになる契機になればと願っています」
てんどうあらた 1960年愛媛県生まれ。96年『家族狩り』で山本周五郎賞、2000年『永遠の仔』で日本推理作家協会賞、09年『悼む人』で直木賞を受賞。近著に『巡礼の家』。