「いないと思うよ」。半分笑いながら刑事は私にそう言ったが……警察署へ到着し入口を車両が入ると、私の目にマスコミのカメラとスタッフが何人かいるのが飛び込んできた。
「話違うじゃねえかよ!」。そんな罵声を車内に轟かせながら私は必死に前傾姿勢になり顔を隠した。そこで刑事が笑いながら私にこう言った。「お前じゃないよ、別の事件で逮捕された容疑者が連行されてくるから、それを待ってるんだよ」
怒りと安堵と恥ずかしさが疲弊した心と精神へ一気に押しかけてきた。そして一瞬放心状態になってしまった。
「奥さん泣いてたぞ」
警察署へ到着したのは朝方だった。弁護士の他に誰か一人連絡をしたい人がいるかと言われ、迷わずに妻に連絡、と伝えた。妻の携帯番号は覚えていたので、そのまま刑事に伝えた。あの半笑いをした刑事がまたニヤニヤしながら私の元に帰ってくる。
「奥さん泣いてたぞ」
その言葉に気が立っていた私はまたもや罵倒する。
「お前らが俺のことパクったからだろうが」
今考えると、支離滅裂とんでもないことを言っていると自覚できるが、その時は感情がぐちゃぐちゃで精神状態も不安定。人の心など持っていなかったように思える。
取り調べは黙秘、何も話さないのですぐに終わり身体検査や持ち物検査後、私は生まれて初めて留置場に入れられた。白い大きな鉄格子の扉、中に入ると約8畳くらいの広さの畳にまわりは真っ白の壁。個室のトイレが一つだけある部屋だった。他にもここに留置されている人間がいるようだが、この日は検察庁へ調べに出ていたので留置された時は私一人だった。
この先どうなるのか……、家族はどう思っているのか……、妻とは離婚なのか……、弁護士はいつ来るのか……、留置場の生活はどんなものなのか……。これは夢ではないのか、もし悪い夢なら覚めて欲しい。色々な考えが巡り精神的に全く落ち着くことはなく、その日の消灯後、私はずっと涙を流していた。同部屋の人間に気が付かれないように。