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 ただ、現状では、すべての映画の現場がそういう体制になっているわけではない。昨年、『ある男』(2022年)により日本アカデミー賞の最優秀助演女優賞を受賞したときには、《子育てと撮影は今のところうまくできない。それはたぶん撮影のシステム的なこともあると思う。でもそれは私はどうしたらいいのかわからないけど悩みつつ、家族で会議しながら、みんなで協力し合ってまた頑張れたらいいな、大好きな現場に戻れたらいいなと思ってます》と、現行のシステムへの問題提起も交えてスピーチした(「シネマカフェ」2023年3月10日配信)。

出演を2度断った作品も

『ある男』は安藤にとって4年ぶりの本格的な映画出演となった。じつはこの撮影に入ったとき、彼女はまたしても引退を考えていたという。理由のひとつには、やはり子育てとの両立という問題が大きかったらしい。その少し前、2020年のインタビューでも、《今はあまりお仕事の時間をつくっていないんです。私、うまく両立ってできなくて。どっちもがむしゃら。子育ても演じることもナマモノだから、両立って意識だと私の中では成立しないのだと思います。自分の日常には子育てがあって、そこに寄り添いながら仕事が入ってくる感覚ですかね》と語っていた(『LEE』2020年12月号)。

映画『万引き家族』(2018年)に主演し、映画賞を総舐めに

 しかし、仕事から遠ざかっているあいだ、自分を封印して家事や子育てに専念する日々を送るうち、病んだようになってしまった。それが『ある男』で現場に復帰し、《久しぶりの作品でスイッチが入ったら、一気に元気になったことがあって。そうか、自分にとって現場で過ごす時間がものすごく大事で必要なんだということに改めて気づきました》という(「Pen Online」2023年11月29日配信)。

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 前後して是枝監督から出演を依頼された映画『怪物』も、当初、2度断っていた。2度目はコロナ禍が始まっていたこともあり、子供を抱えての撮影は物理的にも無理だと断ったという(『週刊朝日』2023年5月26日号)。だが、『ある男』で自信を取り戻すと、自ら監督に「やります」と連絡を入れたのだった。

他の人になりたいという欲望

『ある男』公開時、共演した妻夫木聡と窪田正孝との鼎談で、安藤は俳優という職業についてこんなことを語っていた。

《私は他の人になりたいという欲望があります。例えば、世界一速く走れる人になれるんだったらその能力が欲しいし、何も思わずに涙を流せる人になれるならその能力も欲しい。なんだって興味があります。いろんな人を演じると、考え方を理解できない人の言葉であっても、言ってみたら「そういうことか」と納得したことがすごくたくさんあります。(中略)だから得るものが多すぎて、私は現場で誰かを演じることがものすごく自分の人生のインプットになる。逆に、それ以外で私の人生で何をどうしたらいいのかわからないことが多い(笑)。誰かを演じることは、自分の学びになることがすごく多いです》(『AERA』2022年11月21日号)

 同時期にはべつのところで、《人間って、道を歩きながら叫んではいけないとか、どうしても社会のルールに縛られて生きてしまうけれど、本来、人間の体が持っている能力を、せっかくならルールにとらわれずにできる限り使っていきたいなって常々思っているんです》と語っていた(『芸術新潮』2022年5月号)。そんな彼女にとって、幼い頃、母親が見抜いたように、やはり女優以上にふさわしい仕事はないのかもしれない。