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「結婚はやめてくれ」と言われて

春日 今回のインタビューで印象的だったのは、そうして演技の幅を広げていかれているときに、松竹の猛反対を押し切って篠田正浩監督と結婚されたことです。結婚されても主演女優を続けて、女優としての評価をさらにあげていかれました。これは、当時の女優としては、新たな道を切り拓いていったと思うのですが。

「週刊文春」天下の美女より

岩下 そうです。当時は結婚したら女優は駄目だと言われていました。ましてや出産なんてとんでもなかったんですね。今はもう3回くらい結婚しても主役をやれますが(笑)。時代が本当に変わったと思うんですよ。松竹がちょうど私を売り出そうとしていたときに結婚しそうになったので、松竹の重役さんがいらっしゃって、結婚はやめてくれ、やめてくれというのをずいぶん言われました。

春日 本の中にも「結婚して駄目ならもともとそこまでの女優よ」というTシャツにプリントしたいくらいかっこいいセリフがあるんですけど(笑)。そのくらいの強い覚悟で結婚されたんですね。

岩下 そうですね、結婚して駄目になるんだったらそれでしょうがないと思って結婚に踏み切りましたね。99%のかたに反対されたのでちょっと意地になってしまった部分もあるかもしれません。

春日 ところが、岩下さんはそこからどんどん女優として評価を高めていきます。当時の女優さんはお飾りというか、どこか華の部分だけを担当する部分がありました。岩下さんご自身も松竹初期のころはそういう雰囲気の役柄も多かったように思いますが、だんだん、自分の足で歩く女優へと変わっていかれました。ご自身の中でもそういう意識の変化はあったのでしょうか。

©志水隆/文藝春秋

岩下 それはやはり独立プロを作ったからかもしれません。仕事をする中で篠田と出会って、彼がすごく情熱的に映画のことを話す人で、それに触発されたように思います。ふたりで独立プロの表現社を作ってからは、私も切符売りとかそういう裏方の仕事もやりました。やはり自分たちが作ったものを大勢の方にご覧になっていただきたいということで、徐々に地に足がついた感じになってきましたね。

春日 独立プロだとそれまでの松竹のような大手映画会社とは違うわけですからね。

岩下 でも、独立プロで作品を作り始めると、松竹でも作品への想いが以前よりも濃いものになっていきましたね。

春日 神輿として担がれた立場で演じるだけではなく、ひとつひとつの作品が自分の中で意味を持ってくる。

岩下 そうですね。

あと1本、自分が燃え尽きる映画をやりたい 岩下志麻×春日太一#2 に続く 

美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道

春日 太一

文藝春秋
2018年2月26日 発売

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