「フィリピンパブ」。フィリピン人女性と談笑しながら酒を飲む場所。蠱惑的なダンスショーも行われる。「今夜逢いたいよ」「愛してるよ」と、彼女たちからの“愛の言葉”に惹かれて、男たちは足繁く通う。だが所詮は疑似恋愛。「モテていると思わせる対価6000円」、それ以上でも以下でもない。
そこにひとりの客が来る。中島翔太、大学院生。研究テーマ「日本で暮らすフィリピン人女性の現状」の聴き取り調査のために店を訪れた。隣に座った女性が、ミカだった。金がないなかやりくりして通い詰める翔太。すぐにふたりは恋に落ちて……。
「台本を初めて読んだときは、そんなうまくいくんかな……と思いました」
映画『フィリピンパブ嬢の社会学』で主演を務めた前田航基さんは半信半疑だった。
「普通は騙されているのではと思って。でも、白羽弥仁監督から、ミカと初めて会う場面は、『血圧がぐっと上がるような喜びを感じてくれ』と言われました。一目惚れの衝撃であり、翔太がいろいろな問題に立ち向かうためにエンジンがかかる瞬間なのだなと。これは本当にラブストーリーなのか!と驚き、僕がその主人公か!とさらに驚いて。僕にとっては、一生に一度のチャンスだと思いました(笑)」
映画らしからぬこのタイトルは、同名のノンフィクション原作から。著者の中島弘象さんの実体験を読んだ白羽監督が熱望して映画化した。
「原作には、愚直なまでに真っすぐな等身大の青年が生き生きと描かれていて、同世代の自分には共感することが多かった。寒気がするような場面もあって……」
恋に障害はつきものであるが、ミカの過酷な境遇に翔太は戸惑う。日本人男性と偽装結婚して来日。雇用主との契約で月給は6万円、休みは月2回、外出もほぼ禁止。稼いだお金はほとんど国の家族へと仕送りする。店とゴキブリ部屋を往復する日々なのだ。
だが、ミカたちに悲壮感はない。翔太は思う、〈悪い日本人にだまされたかわいそうなフィリピンの女の人たち、というイメージとあまりにかけ離れているかと思います。そう思うことがもう差別しているんじゃないかと。彼女たち、明るいし、たくましいです〉。
「家族のあり方も、働ける人が家計を助けて生きていけたらいいという考え方を持たれているというお話も伺いました。この映画が、日本とは違った、フィリピンの文化や、人と人の繋がり、愛の形を知るきっかけになってくれたらと思います」
ミカを演じる一宮レイゼルさんは本作が映画初挑戦。「お互い人見知りで、最初はすごく距離があって」と前田さんは苦笑いだが、距離を詰める過程が作品に活かされた。
「撮影の前日に、『役名で呼び合うことにしよう、会話はため口で』とお願いして。最初はたどたどしく、次第に距離が縮まり、絆を深めていくふたり。あれはリアルな僕たちでもありました。そして、原作者の弘象さんご夫婦も本当に仲が良くて、恋人同士みたいなんですよ。障壁を乗り越えてきたおふたりの絆を少しでも表現できたらと思いました」
前田さん自身、13歳のときの映画『奇跡』以来、12年ぶりの主演に気負いもあった。
「まだ幼い頃から映像のお仕事はさせていただいていて、弟と組んだ『まえだまえだ』でたくさんの方に知っていただきました。でも、中学生になると仕事をしない時期があって。まだ子供で、こんな急に何もなくなるのかと寂しくて、もう必要とされていないと苦しかったんですね。いまは芝居をしていないと張り合いがなくて、そうか、芝居が好きなんやなと気付きました。僕はカッコいいわけではなく、ギラギラしているわけでもない、普通に生きてきた人間だからこそ、どんな役にも挑戦していきたいですね」
まえだこうき/1998年大阪府生まれ。子役としてデビュー。2007年、弟の旺志郎とお笑いコンビ「まえだまえだ」を結成。11年、映画『奇跡』(是枝裕和監督)で主演を務める。他の出演作に、連続テレビ小説「おかえりモネ」(21)、Netflixドラマ『舞妓さんちのまかないさん』(23)、映画『キネマの神様』(21)、『今夜、世界からこの恋が消えても』(22)など。
INFORMATION
映画『フィリピンパブ嬢の社会学』(公開中)
https://mabuhay.jp/