関係筋の一人は「北朝鮮は軍事物資を提供しているため、軍事物資での見返りを期待していたようだ」と語る。北朝鮮は弾道ミサイルの大気圏再突入実験を行った実績がない。再突入を再現できる実験施設もないため、ロシアから再突入に必要な技術データの提供を期待していた可能性がある。金正恩氏が公言している原子力潜水艦も欲しいだろう。核弾頭の多弾頭化を進めるうえで欠かせない核爆弾の小型化技術、ロシアが先行している極超音速滑空体にも関心があったはずだ。
ただ、ロシアは現段階では、こうした高度な軍事技術・装備を北朝鮮に提供していない。ロシア科学アカデミーのアレクサンダー・V・ボロンツォフ朝鮮・モンゴル室長は「ロシアに原子力潜水艦を含む核技術を北朝鮮に提供する考えはありません。いくつかのうわさやファンタジーが飛び交っていますが、事実ではありません」と語る。少なくとも現時点で、他の情報も総合すると、この証言は事実通りとみてよさそうだ。
旧ソ連時代の苦い記憶
米ランド研究所上級アナリストのブルース・ベネット氏はその理由について、「金正恩ファミリーはルーズキャノン(何をするかわからない危険人物)。ロシア自身もいつか北朝鮮の標的になることを恐れているかもしれません」と語る。ロシアは旧ソ連時代、核不拡散条約(NPT)加入を条件に、北朝鮮の原子力開発に協力したが、見事に裏切られ、北朝鮮の核保有に道を開いてしまったという苦い経験がある。
また、中国に対する配慮もあるだろう。中国は2022年春、北朝鮮が7回目の核実験を実施しようとした際、水面下で圧力をかけたとされる。中国は北東アジアでの緊張が高まることで、日米韓の防衛協力が進むことや、日本や韓国、台湾などに核が拡散する「核ドミノ現象」が起きることを警戒している。
ロシアがウクライナに敗北することは、戦後秩序の変更を狙う中国にとって利益にならないため、北朝鮮によるロシアへの武器弾薬提供は黙認しているものの、ロシアから北朝鮮への軍事協力には難色を示しているようだ。
北朝鮮としては、喜びも半分程度といったところだろう。経済的に一息ついたが、冷却化している中国との関係改善の道筋は見えない。今年は中朝国交樹立75周年だが、これまでの往来は外務次官など政府関係者レベルにとどまっている。本来、共産主義国家同士として行ってきた党間交流から一段階、ランクを落とした交流が続いている。
トランプ政権の再登場を見据えて
今、北朝鮮は来年1月に米国でトランプ政権が再登場することを念頭にした外交・軍事作業に没頭している。ドイツのトマス・シェーファー元駐北朝鮮大使は「平壌はトランプを、在韓米軍の全面・部分撤退と核保有を認めるよう説得するだろう」と指摘する。ミサイルを1発撃てば、米朝協議のときに譲歩するカードも1枚増える。緊張緩和を求める声も強くなり、「核保有を一部認めてもいいから、挑発をやめさせろ」という声も出てくるだろう。