昨年の大晦日の夜、北朝鮮・平壌のメーデースタジアムで新年祝賀大公演が開かれた。金正恩総書記も、妻の李雪主氏、キム・ジュエと呼ばれる娘と一緒に観覧した。朝鮮中央テレビの録画放送を見ると、一般客らが顔の高さまで両手を上げて熱狂的に拍手していた。正恩氏ファミリーの両脇に控える側近たちも同じだった。
ところが、首回りにふかふかの毛皮のマフラーを着けて、マトリョーシカ人形のようになったジュエ氏の振る舞いは違った。左の手のひらを水平にして、右の手のひらを、カスタネットを叩くように、静かに上下させた。
後継者にだけ許されたしぐさ
北朝鮮を逃れた朝鮮労働党の元幹部は「最高指導者と後継者にだけ許されたしぐさだ。一般人があんな拍手をしたら、忠誠心がないと言われて糾弾されてしまう」と語る。ジュエ氏は2013年1月生まれとみられている。わずか11歳程度の女の子が自然に身につけたしぐさとは思えない。元幹部は「これも、帝王学の伝授の一つ。後継者を作る作業は着々と進んでいる」と語る。
朝鮮中央通信は1月5日、正恩氏が軍用車両生産工場を視察したと報じた。この報道では正恩氏の動静を最初に伝え、次の段落で「尊敬するお子様が同行された」と伝えた。昨年までのジュエ氏の動静は、「正恩氏が愛するお子様と一緒に出席した」というように、正恩氏の動静の一部としての扱いに過ぎなかった。
元北朝鮮駐英公使だった太永浩・韓国「国民の力」議員は、1月5日の報道について「これは最高指導者と後継者に対する北朝鮮の報道ルールに沿った報じ方だ。後継者としての扱いが新しい段階に入ったと言える」と指摘する。元幹部も「ここまで後継作業を進めた以上、よほどのことが起きない限り、ジュエが後継者だ」と語る。
金正恩が懸念する「3つの敵」
元幹部は、ジュエ氏が幼い時期から後継作業が進む背景について「(金日成主席の血筋である)白頭血統による統治体制の維持に躍起になっている証拠だ」と語る。北朝鮮を統治する金正恩氏や側近集団は、公正な選挙を経たわけでも、公務員試験に合格したわけでもない。元幹部は「金正恩に人格はない。運命共同体として利権を維持するため、正恩と側近集団の総意として、この体制の堅持を目指しているのだ」と語る。
体制固めに躍起になるのは、それだけ、正恩氏らが体制の維持に不安を感じているということだ。今、頭に浮かぶだけでも正恩氏たちには「3つの敵」がいる。