小学校を卒業してトラブルのあった教諭たちとは離れることができたが、中学校に入ってもA子さんは精神的なストレスに苦しみ続けていた。そして裁判を決意したが、賠償額は異例の1円。なぜそんな裁判を提起しようと思ったのだろう。
「お金というよりも、ただ謝ってほしかったんです。ただ謝ってもらったところで、裁判を始めちゃったので学校とはもう険悪ですし、裁判をしていることで普通の学校生活も送るのが難しかったです」
一審、二審では訴えが認められず、最高裁でも棄却されたことで約5年にわたる裁判は終わった。
「裁判所に行くたびに嫌でも過去のことを思い出さなきゃいけないのできつかったです。提訴したのは小6なので、時期的にも私立中学の受験期間とかぶっていたので、気分が落ち込むことが多かったです。今でも小学生高学年くらいの子を見ると思い出してしまいます。不登校になり、その後転校するのですが、もし学校に行っていたらこういう感じだったのかなって。裁判は正直途中から諦めかけてはいたんですが、もう取り返せるものでもないから、高校に入学してからはもう前に進むしかないって思ってます。最高裁で『棄却』なので、結果は良かったとは言えないんですけど、終わったという意味ではほっとしました。これで一区切りにできると思います」
結局、裁判では学校側や教師側の落ち度は認められなかった。
「学校や裁判所に言ったところでどうにもならないってことが、小学校のあの時点でわかっていたら……と想像してしまうんです。担任も謝らず、教育委員会もきちんと対応せず、裁判も負ける、というのが分かっている状態で5年生の時に戻っていたら、たぶん黙っていたと思います」
「将来絶対ならないのは、教師です」
裁判を経て、大人や教師に対する信頼感は変わったのだろうか。
「先生に裏切られたという気持ちはもちろんありました。学校や裁判所も助けてくれなかった、という気持ちもあります。今通っている通信制の高校だと、教師に会うのもスクーリングの時だけ。それに、別に私の顔を覚えてくれなくていいやと思っています。学校さえ終えれば、もう別に教師っていう人たちと会うこともないですから」
最後に、裁判を終えた今、Aさんはこう思っている。
「将来絶対ならないのは、教師です。もしなるとしても、色々な社会経験を経た上で教師になったほうが嫌な人間にならずに済みそうかなって。すごい偏見ですけど、今の教師はたぶん学校で辛い思いをしたことがない人がなるんだと思うんですよ。だから人の気持ちなんて多分わかんないんだろうなって。私は教師には絶対なりたくはないです」