「なぜキャバクラという狭い店内でマシンガンを…」
また事件前には、襲撃準備のために群馬県のアジトに向かっていたところ、後続車が小日向の乗っていた車に追突。ガードレールにぶつかったのち横転するという事故に巻き込まれ、小日向は鎖骨を骨折し、脳にも“影がある”と診断された。それでも矢野は小日向を襲撃計画メンバーから外すことなく、指示を出し続けていた。手記には、火炎放射器やロケットランチャー、マシンガンでの襲撃など、矢野からの無茶な指示に対する小日向の率直な気持ちも記されている。
〈私はなぜキャバクラという狭い店内で、マシンガンという殺傷能力が強い銃を使わなければならないのか、考えられませんでした。狂っているとしか思えませんでした〉
〈ヤクザのやり方から、テロリストに変わってしまったのです〉
東京地裁の裁判員裁判での「矢野」の様子
小日向からテロリストと言われた矢野治については、当時捜査に従事した元警視庁組織犯罪対策部第四課管理官で小学館新書『マル暴』著者でもある櫻井裕一氏が、本書でその恐ろしさを説いている。『警視庁が見た「平成の殺人鬼」矢野』解説は新書『マル暴』と合わせて必読だ。
矢野も事件後に逮捕され、前橋スナック銃乱射事件と、それにつながる一連の襲撃事件など複数の罪で起訴。一審・東京地裁で2007年に死刑が言い渡され、控訴、上告したが棄却。2014年に確定した。その後、新たに2件の殺人を告白。確定死刑囚が刑事裁判の被告人として裁かれることとなった。ところが裁判員裁判では無罪を主張するという謎の展開を見せる。2018年12月、東京地裁は「告白の目的は死刑執行の引き延ばしだ。虚偽の告白の可能性があり、信用できない」と矢野に無罪を言い渡した。これはすぐに確定し、矢野はふたたび確定死刑囚として東京拘置所で執行を待つ身となったが、2020年1月に拘置所内で自殺した。
筆者は2018年の一審・東京地裁の裁判員裁判を一度だけ傍聴した。殺人を告白しながら、自分でそれを否認している不可解な男・矢野は思ったよりも小柄の、痩せた男という印象。傍聴席の誰かに向かって笑みを見せていた。
確定後、息子がガンにより死去
一連の事件を指示しながら、事件後は梯子を外し、さらに死刑執行を待たずに自分の手で世を去った矢野に対して、小日向は手記執筆当時も複雑な思いが残っていたようだ。だが手記終盤には、遺族への思いも綴られ始める。死刑の確定後、息子がガンにより死去したことで〈私は初めて被害者のご遺族の方々の気持ちがわかった気がしました〉という。
手記を書いてみるよう勧めた牧師の、当初の目的は一定程度果たされたように読めた。書き上げたのちの、現在の小日向の気持ちも知りたくなる。