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書店員の私がストリップを始めた理由「何も産みたくないし、もう一度生まれたくもなかった」

書店員の私がストリップを始めた理由「何も産みたくないし、もう一度生まれたくもなかった」

2024/03/23
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男と女との決定的な違い

 かつてストリップ劇場では、お客のひとりをステージに上げて性行為をする「まな板ショー」なるものが人気を博したそうだ。私が劇場に通い始めた頃も、本番まではさすがにないが、お客におっぱいを触らせる踊り子が稀にいた。「触りたい人!」という明るい掛け声に、手を挙げる男性客たちは、そうすることが礼儀だとばかりに、堂々とはしゃぎ、仲良く順番に揉んでいった。

 同性である私は、どん引きしながらもおっぱいを両手で揉み、もしこれが私の好きなバンドマンだったら、と想像する。本番ショーがあった時代、もし観客とステージの男女が逆だったら、きっとショーにはならなかっただろう。なぜ金を払って、好きな男が他の女とセックスをするのを見せつけられなければならないのか。悪趣味極まりない。その場で流血沙汰になるか、劇場を出た瞬間、世界一幸福な女は、階段から突き落とされて終わるだろう。そこが、男と女との決定的な違いだ。

ストリップの衣装に身を包む新井さん

「やりたい」と思う衝動だけがエロではない

 桜木紫乃さんの小説『裸の華』は、舞台で脚を骨折し、引退を決意した踊り子が、地元のススキノで店を開く物語だ。そのモデルとなった人物のステージを、著者本人の粋な計らいで観ることになったのが、私の初ストリップ鑑賞だった。30人ほどで座席が埋まる小さな劇場に、突風が巻き起こる。それはまぎれもなく、プロのダンスパフォーマンスだった。

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 桜木さんが北海道に帰ってしまった翌日も、ひとりで劇場の椅子に座り、彼女のステージを観た。別の劇場にまで追いかけて、様々な演目を観た。ドレスでも着物でも男装でも仮装でも、芝居をしても、エアセックスをしても、局部を見せつけるストリップ独特のポーズを切っても、すべて踊りだった。大音量の音に導かれ、自由自在に踊る女のカラダは美しい。やがて皮膚に汗が浮き、飛び散る。肌の色が変わっていく。10日間のうちに、みるみる鍛えられていく筋肉。この人はまぎれもなく生きている。もはや局部などどうでもよかった。

 エロではないと言えば全く語弊がある。その体とセックスをしたいわけではないし、思い出してオナニーをしたいわけでもない。「やりたい」と思う衝動だけがエロではないことが、私にとって大いなる救いだったのだ。

●更年期を迎えた先輩の姿や、“私という商品”を売ることの思い、場内にいる“リボンさん”の存在など、新井さんのエッセイの全文は『週刊文春WOMAN2024春号』でお読みいただけます。

photographs:Chieko Izutsu

新井見枝香(あらいみえか)/1980年東京都生まれ。著書に『きれいな言葉より素直な叫び』(講談社)、『胃が合うふたり』(新潮社、千早茜との共著)。

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