なぜ男子大学生は「ヒグマの保存食」にされてしまったのか…ここでは2023年10月に起きた、ヒグマが消防士を襲撃した北海道の事件を紹介。宝島社による新刊『アーバン熊の脅威』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
◆◆◆
「保存食」として隠していた遺体
2023年10月31日の午前10時半頃、北海道松前郡福島町の大千軒岳(標高1072メートル)を登っていた消防士3人のグループがヒグマに襲われ、2人が首などにケガを負った。
登山道を一列に並んで歩いていた時に最後尾の男性が襲撃され、先頭の男性が刃渡り5センチのナイフで熊の目元と喉元を狙って応戦し、熊は首にナイフが刺さったまま逃げていった。襲われた2人は運よく軽傷で済んだが、この時にすでに犠牲者が出ていた。
登山道の入り口に車が置き去りになっており、持ち主の携帯電話の位置情報などを頼りに警察が捜索したところ、やぶの中で土や枝が被せられた男性の遺体を発見した。
30メートルほど近くに消防士グループを襲った熊の死骸があり、熊は負傷後に「保存食」として隠していた遺体の近くへ向かい、そのまま力尽きたとみられる。
男性の遺体は激しく損傷しており、死因は多発損傷による出血性ショックだった。DNA鑑定によって、遺体は10月29日から「登山に行く」と友人らに連絡してから行方がわからなくなっていた北海道大学の22歳の男子学生であることが判明。男性はカヌー部に所属するなど自然が好きで登山が趣味だったといい、翌春には大学院に進学する予定だった。
あまりの遺体の損傷ぶりによって死因の特定は困難となったが、熊の胃の中から見つかった遺体の一部のDNA型が男性と一致。司法解剖によって生前に深い傷を負っていたとわかったことで、警察は「熊に襲われて死亡した」と断定した。
恐ろしいのは、このヒグマが完全に「人間は食べ物」であると認識していたことだ。先述の消防士グループは、熊除けの鈴を装備し、笛を吹いたり、火薬で音が鳴るピストルを撃ったりしながら登山していたが、それでも熊のほうから近づいて襲ってきた。