1ページ目から読む
2/2ページ目

犯人は一家心中していた

 夏休みが終わって、新学期が始まろうとしていた9月の上旬、伊豆半島の石廊崎で助教授一家4人の心中死体が発見された。

 女子大生殺人事件は、皮肉にも助教授一家の心中が報道され、その動機を取材中に、恋のもつれから助教授が教え子を殺したことがわかったのである。つまり事件がすべて終結した時点で発覚し、捜査が開始されたのである。

 しかし、関係者が語っているように、果たして女子大生は本当に殺されているのか否か、定かではない。遺体は発見されないままである。

ADVERTISEMENT

©AFLO

 大学という環境、そして助教授と女子学生の愛憎、殺人、一家心中と舞台背景にこと欠かない。ショッキングな内容であったから、世間の関心はとくに大きく、マスコミの格好のえじきになって、こと細かく報道され続けた。しかも、彼女は2ヵ月も前に殺されているというのである。

 警視庁は捜査本部を設けて、遺体発見に乗り出した。犯人が逃亡中の事件と違うので、捜査員の数は少ない。殺して埋めたら発見できないのかと、警察も言われたくないのだろう。刑事の気迫というか、執念がその手のひらに感じられた。

 半年間、遺体の捜査をしてきたがまだ見つからない。別荘周辺を掘り尽くした苦労と、焦りがあった。しかも、発掘捜査も地面が氷結したため、春まで延期せざるを得なくなった刑事さんたちは、やむなく小休止し、春からの捜査方法を検討中であった。

 遺体発見に何かよい方法はないか、というのが私を訪ねた理由であった。検死や解剖についての質問であればともかく、監察医に地下に埋められた死体の発見方法を聞きにきたのである。

 私は以前、腐敗の研究をしたことがあったが、一瞬これは難しいと感じた。しかし、口には出さなかった。逆に、私は全く別の話を始めてしまったのである。

「別荘の周りには、遺体はないと思うのだが……」

 突然の言葉に刑事さんは、戸惑いと反発を覚えたに違いない。自信をもって捜査を続けてきた二人にとっては、当然のことであろう。

「一生懸命発掘しているお二人を前に、無責任な発言でお叱りを受けるかも知れないが、参考までに聞いてください。私は水の中、湖底だろうと思っているのです」

「え! 湖ですか」

「そうです」

死体は語る (文春文庫 う 12-1)

死体は語る (文春文庫 う 12-1)

上野 正彦

文藝春秋

2001年10月10日 発売