上記は2005年の発言だが、同じインタビューでは、《今の時点で、女優の仕事に復帰するということは、あまり考えていないですね。/監督に求められる芝居をきちんとできているかと言われると、まったく自信がないので。(中略)それに、今は現実の、日々の生活が忙しく、またそれが楽しい。毎日の生活でアップアップだもの》と語っていた(『パピルス』前掲号)。このころ、彼女の生活の中心はやはり子育てだった。
結局、俳優業からはその後も10年以上離れることになる。この間、両親の才能を引き継ぐように、長女の後藤エレナは女優にして実業家に、長男のジュリアーノはレーシングドライバーとなった(末っ子の次男は現在、高校生)。
23年ぶりの現場復帰
子供たちがそれぞれの道に進むなか、後藤も2018年、翌年公開の映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』でじつに23年ぶりに俳優として現場復帰する。『男はつらいよ』の映画50周年を記念した同作で、後藤演じる泉は満男とは結婚せず、ヨーロッパに渡って外国人と結婚、国連難民高等弁務官事務所の職員として世界中を飛び回っていた。そこにはもちろん、後藤のそれまで23年間の実人生が反映されている。
山田監督から寅さんの続編をつくるという話があったのは撮影の2、3年前で、「久美子ちゃん、いいお返事を期待してますよ」とノーとは言わせないような言い方であったらしい。電話で話を聞かされ、すぐに相手役の吉岡秀隆に「吉岡君、大変だ!」と電話したという。監督からはその後、彼女が現在住むスイスの自宅へ正式に出演依頼の手紙が届き、出演を決めた。
「私の人生、すべてプライベートですから」
前出の『顔』では、後藤演じる弁護士が殺人を犯しそうになる場面もあった。放送前の雑誌記事では、それを念頭に置いてか、《これからは、女優としての幅をもっと広げていきたい。たとえば罪を犯す側の人間の心理を、うまく表現できるようになりたいと思っています》と今後の抱負も述べていた(『週刊現代』2023年12月23日号)。
ただ、『お帰り 寅さん』公開時のインタビューでは、《私の人生、すべてプライベートですから。好きに私生活歩んでますよ》と(『週刊朝日』2019年12月27日号)、自分の軸はあくまで現実の生活にあるとほのめかすような発言もしている。後藤が今後も俳優の仕事を継続するのであれば、役に実人生を溶け込ませながら演じていくことになるのだろうか。いずれにせよ、年齢からいっても、そして近作での演技からいっても、かつて抵抗感を示していた「女優」と呼んでももはや差し支えのない域に後藤久美子は到達している。