「稲田ポンコツ答弁」とは何か
実際各紙を読んでみると、稲田氏は必ずしも被害者ではなさそうなのである。
「文書隠し 深まる疑念」(毎日新聞 4月4日)では、「調査中に稲田氏断定」という小見出しがある。昨年2月20日の国会での稲田氏の発言に注目する。
《当時の稲田朋美防衛相は20日の同委員会で「残っていないことを確認した」と断言した。
だが、実際には防衛省内の調査は3月10日まで続いていた。最終的に文書は確認されなかったが、政府関係者は「稲田氏の答弁は踏み込み過ぎだ。『存否を確認できなかった』と答えるべきだった」と振り返る。》
さらに、
「稲田氏指示あいまい 防衛省、本格調査せず」(読売 4月8日)
「稲田氏、探索指示は口頭」(日経 4月8日)
「日報探索『指示』伝わらず」(朝日 4月8日)
と、稲田氏の指示のあいまいさが一斉に報じられた。
さてここでゲンダイの「稲田ポンコツ答弁」の記事に戻ろう。
稲田氏の答弁はこんな状況を生み出したというコメントが載っている。
「日報の存在を断定的に否定した大臣答弁が防衛省内部の配慮を生み、言うに言えない環境をつくり出したのではないか。財務省の森友文書改ざんの直前に、安倍首相が『私や妻が関係していたら間違いなく総理大臣も国会議員も辞める』と豪語したのと同じ構図です」(高千穂大の五野井郁夫教授=国際政治)
つまり、森友問題における安倍発言と日報問題における稲田発言は非常に構図が似ているという見立てである。
日報問題の「つじつま」
防衛省の隠蔽体質には、
「懲りない防衛省」(読売新聞 4月5日)
「揺らぐ文民統制 与党も批判」(産経新聞 4月5日)
と防衛省の体質を書く記事も当然ある。
「背広・制服組、確執の歴史 日報問題に揺れる防衛省 風通しの悪さ改善されず」 (日経新聞電子版 4月5日)という記事も読ませた。
一方で興味深いのは昨年3月に発見しながら先月小野寺防衛大臣に報告された日付だ。毎日新聞の社説(4月4日)の問いかけはハッとした。
《国会でこの問題が指摘されたのは3月30日で、イラクの日報発見が小野寺氏に報告されたのはその翌日だった。3月は財務省の決裁文書改ざんが発覚し、公文書のずさんな扱いに批判が集まっていた。》
社説のタイトルは「『イラク日報』今ごろ発見 説明のつじつまが合わぬ」だが、月末の予算成立後まで発見報告を「待っていた」とすれば説明のつじつまは見事にあう。
こういうのを表現する言葉ってなんだっけな、、、
あ、思い出した!
「忖度」だ。