だいたい旅に出るときは、駅弁を食べる。コンビニもエキナカも充実しているいまのご時世、わざわざ駅弁でもなかろうと思う人もいるかもしれないが、新幹線などに乗っていると駅弁を食べている人はなかなか多い。

 東京駅にある全国の駅弁が売られているコーナーは絶えずお客で溢れているし、新横浜駅では崎陽軒のシウマイ弁当が飛ぶように売れている。

 それに何より、定期的に行われる百貨店での駅弁フェア。そのときばかりは、まるでフィーバーのようにたくさんのお客が押し寄せるビッグイベントだ。百貨店で買ったものを駅弁といっていいのかどうかはともかく、少なくとも日本人は駅弁が大好きだということは間違いないようだ。

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 そんな駅弁の特徴は、地域の個性をみごとに織り込んでいることだ。流通が発展したいまとなっては全国どこでも手に入れることができるが、やはり訪れた地でその土地の駅弁を買い求めるのがいい。東京から新幹線に乗るときばかりが、駅弁の楽しみではない。

群雄割拠の「大駅弁時代」に最もヒットしたのは“ナゾのツボ入りたこ飯”だった

 そんな楽しみな駅弁のひとつが、兵庫県は西明石駅の「ひっぱりだこ飯」だ。蛸壺を模した陶製の容器にご飯とタコとそのほか諸々の具材が入ったお弁当。蛸壺に入っていることで、普通のたこ飯とは違ってタコの存在感が際立つしかけになっている。

平成でいちばんヒットした駅弁「ひっぱりたこ飯」(淡路屋提供)

 販売がはじまったのは明石海峡大橋が開通した1998年。以来、1500万個以上も売れている平成以降の駅弁では最大のヒット商品だ。調製しているのは、神戸や明石を中心に広く駅弁を製造・販売している淡路屋さんである。

「西明石で駅弁を売り始めたのは、1996年から。それまでの明石の駅弁屋さんが駅弁製造を撤退するということで、我々が引き継ぐことになりました。

『ひっぱりだこ飯』は、当時の常務、いまの社長が思いつきました。1998年は阪神・淡路大震災から3年、そして明石海峡大橋ができる節目の年。そのタイミングで、旅客の印象に残る商品を考えていたのがきっかけです。

 最初はタコ尽くしの弁当をつくろうとしていたのですが、社長が『たこつぼに入った弁当なんて他にないんやから!』と。陶製の容器を使うから量産も難しいのですが、思い切って発売してみれば生産が追いつかないくらいのヒットになりました」

 こう話してくれたのは、淡路屋の柳本雄基代表取締役副社長だ。定番の駅弁というと長い歴史を持っているものだと思いがちだが、淡路屋の「ひっぱりだこ飯」は実は平成生まれの駅弁だったのだ。ただし、淡路屋そのものは戦前から続く老舗の駅弁業者である。