「いったいどういうつもりで永平寺に来たんだ!」と、立ち上がりかけた新人僧に、上から大声で怒鳴ったら、その私の背後右から、建設会社の課長を退職して入門した小柄な同輩が、「ここはなあ、ススキノやカブキチョウじゃねえんだぞっ!」。
この番組を見た大抵の人は、このセリフも私が言ったと信じているが、誓って私ではない。私はほぼ下戸で、「ススキノ」は全く知らず、「カブキチョウ」も新宿の怖いところ、くらいの認識しかなかった。
テレビのせいで全国の僧侶たちから抗議殺到
後に聞いたら、番組のこのシーンが流れると、当時の永平寺の全外線電話が鳴り響き、全国の曹洞宗住職や僧侶の人たちから、怒声さながらの抗議が延々と続いたという。
「何だ、あの背の高い若僧は!?」
「ヤクザ上がりなのか!?」
「本山でカブキチョウとは何だ!!」
「あんなヤツ、昔は一人もいなかった!」
翌朝は大変だった。永平寺にテレビは無いから、何が起こったか知る由もない。一夜明けたら、先輩から、
「直哉! お前、下山だ!」
「どうするつもりだ? アレ」
老師方から、
「直哉和尚、困ったのお……」
「もう少し、やりようがのお……」
それまで師匠と親しか知らなかった私の出家が親戚中にバレて、実家の電話も一晩中鳴り続けたという。
「ナオヤちゃんそっくりのお坊さんが、テレビに出てる!」
「何がどうしたの!?」
「出家、なんで許したの!?」
当時の永平寺にまともな広報担当者がいなかったので、この映像を含め、ほとんど無制限に撮影して、そのまま放送できたのである。
その後数年して、マスコミ各位にその名が知られるほど「厳格極まりない」広報担当者になった私は、知り合いの某公共放送局員に、さる筋から入手したビデオを見せて、
「これ、どこから撮ってるの?」
「少なくとも、100メートル以上は離れているでしょうねえ」
「でも、音は?」
「すごくデカい、高感度の集音マイクがあるんです」
この番組はビデオになって販売され、さらにDVD化した。以来、10年以上、永平寺入門志願者の「事前教育」ビデオの定番となった。