ムツゴロウは果たして麻雀をやめることができたのか
「よろしいれよ」
「ああ、よかった」
「おれらもちょっくら酒を」
「いけませれんわ。だけろ、ずいぶん勝っちゃって」
「うんうん」
「いくらあるら」
「さあて」
「算えてみなされ……」
二人は、体をゆらゆら動かしつつ、札を算え始めた。一、二、三と、指で丹念にくっていくのだが、札束は、遠くへ行ったり、急に近くへきたりした。遠方から近くへ急に近づく時吐気がしたりした。
女房も算えながら前かがみになり、そのまま二人とも前後不覚に眠ってしまったのであった。
それからしばらくの間、私は麻雀から遠ざかった。店の権利書も、シマちゃんに返してあげた。シマちゃんは勝負師だから、負けたものをタダで受け取るわけにはいかないと言い張っていたが、
「それがねえ、もしだよ、おれが持ってたら雀荘の主人になっちまうと思うんだ。それでどうってことないんだけど、クビになったとき、作家になると宣言しちまってるから、意地でもなってみたいんだよ」
そう言うと、それもそうだねと、受け取ってくれた。
麻雀を積極的にやろうという気持ちにならなくなっていった理由
シマちゃんは、間もなく、長野の方へと退散してしまった。結核がひどくなっていて、入院したけれども、どうにもならずに亡くなったという。多分、私と打ったのが、最後の麻雀になったのだろう。
あの夜、耐え切れなくて喋り始めたのは、体が弱っていて、昔のことが思い出されてならなかったのじゃないかと思うにつけても、権利書を返しておいて本当によかったと顔が赤くなった。
二た月後ぐらいから、小説ではなかったけれども、コピーが売れるようになった。私には、科学関係に強いという特技があったので、注文が多くて、たちまち、勤めていた頃の月給の何十倍かを稼ぐようになった。
女房は頭を下げた。
「麻雀、よろしいです」
「そうか、ふん、そうだね」
「よく辛抱して下さいました」
「そうは言っても、3月と経ってはいないんだぜ」
「ですけど、やめて下さったのには感謝しています」
「そんじゃまあ、すこしやるか」
とは言っても、積極的にやろうという気は起こらなかった。どうでもよくなっていた。血眼になって、金のやりとりをするのがつまらなくなってもいた。
そんなある日、映画時代の友人に誘われて東洋現像所の近くで牌にふれた。久しぶりだった。