「それがいけないんです。ね、お願い」
「…………」
「わたし、これまで、あなたの道楽に、文句を一回でも言いましたか」
「―いや」
「それに免じて、戻してきて下さい」
「それは、まあ、そうしても、でも、いやなに……」
私は口の中でもぞもぞ言った。
「あなたは心の底で、麻雀のプロになっても食って行けると思っているんでしょう。現にこれだけの現金を持ってきて下さいました」
「給料よりね、その3倍くらいはね、そのくらいは稼げるよ」
何か月は、いっそ、麻雀でやってみたいなと私は考えてもいた。並んで失業保険を貰うみじめさに比べれば、麻雀で稼ぐ方がいっそ爽快である。
「これまで家計が苦しい時、何度も助けていただきました。わたしが手術をうけた時、妹が結婚した時……」
もの要りがある時、私は軍資金を渡され、雀荘に出かけたものだった。それは特技でもあり、手術の費用や妹の結婚資金を、牌の間からひねりだしたものであった。
「やったよなあ」
「麻雀打ちの女房になりたくないのです」
私はうっとりしていた。
「今までは、正業が他にあったからよかったのです。正業に戻らざるを得なくて、それでバランスがとれていました。あなたは、今、職がないんですよ。これで麻雀に打ちこんだら、本当のプロになってしまいます。わたしは、麻雀打ちの女房になりたくないのです。分かっていただけますか」
「それはお前、なにもずっと、プロになろうとしているのではなく」
「やめて下さい」
「それは無理だよ」
「クビになった時、何と仰有ました」
「うん―」
「これで好きな道を歩けると仰有いました。わたしだって、それがうれしいので、退職を祝いました。どうか、文章を書いて下さい」
「しかしねえ」
「やめろと言っても、永久にとは言っていないのです。文章が売れるようになったら、いつでも始めて下さい」
「まあね、それだったら」
睡魔がどっと襲ってきて、私はどうでもよくなっていた。
「誓ってくだされますのですか……」
女房は酒が飲めない性質なので、ロレツがまわらなくなっていた。
「いいのだろうかなあ」
私も変であった。
「よろしいのですけれも―ああ苦しい―もし破ったれたらら、わたし、娘をつられられて、九州に帰るますわ」