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バクチにかけた男たち

「よう、てめえ、戻ったか」「まぁ、座れよ」数日間家に帰らず麻雀を打ち続けていたムツゴロウさんが作家として飛躍した“妻の一言”

「よう、てめえ、戻ったか」「まぁ、座れよ」数日間家に帰らず麻雀を打ち続けていたムツゴロウさんが作家として飛躍した“妻の一言”

『ムツゴロウ麻雀物語』より#2

2024/05/05
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「それがいけないんです。ね、お願い」

「…………」

「わたし、これまで、あなたの道楽に、文句を一回でも言いましたか」

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「―いや」

「それに免じて、戻してきて下さい」

「それは、まあ、そうしても、でも、いやなに……」

 私は口の中でもぞもぞ言った。

©文藝春秋

「あなたは心の底で、麻雀のプロになっても食って行けると思っているんでしょう。現にこれだけの現金を持ってきて下さいました」

「給料よりね、その3倍くらいはね、そのくらいは稼げるよ」

 何か月は、いっそ、麻雀でやってみたいなと私は考えてもいた。並んで失業保険を貰うみじめさに比べれば、麻雀で稼ぐ方がいっそ爽快である。

「これまで家計が苦しい時、何度も助けていただきました。わたしが手術をうけた時、妹が結婚した時……」

 もの要りがある時、私は軍資金を渡され、雀荘に出かけたものだった。それは特技でもあり、手術の費用や妹の結婚資金を、牌の間からひねりだしたものであった。

「やったよなあ」

「麻雀打ちの女房になりたくないのです」

 私はうっとりしていた。

「今までは、正業が他にあったからよかったのです。正業に戻らざるを得なくて、それでバランスがとれていました。あなたは、今、職がないんですよ。これで麻雀に打ちこんだら、本当のプロになってしまいます。わたしは、麻雀打ちの女房になりたくないのです。分かっていただけますか」

「それはお前、なにもずっと、プロになろうとしているのではなく」

「やめて下さい」

「それは無理だよ」

「クビになった時、何と仰有ました」

「うん―」

「これで好きな道を歩けると仰有いました。わたしだって、それがうれしいので、退職を祝いました。どうか、文章を書いて下さい」

©文藝春秋

「しかしねえ」

「やめろと言っても、永久にとは言っていないのです。文章が売れるようになったら、いつでも始めて下さい」

「まあね、それだったら」

 睡魔がどっと襲ってきて、私はどうでもよくなっていた。

「誓ってくだされますのですか……」

 女房は酒が飲めない性質なので、ロレツがまわらなくなっていた。

「いいのだろうかなあ」

 私も変であった。

「よろしいのですけれも―ああ苦しい―もし破ったれたらら、わたし、娘をつられられて、九州に帰るますわ」