「すみません。まだ新人なもので道順を教えていただけますか」「なに、ここから俺に道案内をさせるというのか!」
まだ歴が浅く、未熟ゆえにお客を怒らせてしまったタクシードライバーの男性。いったいこの窮地をどうやって乗り越えたのか? 1日300km走行、タクシードライバーの悪戦苦闘の日々を描いた内田正治氏の著書『タクシードライバーぐるぐる日記――朝7時から都内を周回中、営収5万円まで帰庫できません』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
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「俺に道案内をさせるというのか!」
そんなふうに都内の道を覚えている最中のこと、私はいつものようにJR上野駅前の歓楽街に着けていた。
時刻は午後11時をすぎ、雑居ビルから4~5人の女性に見送られた初老の男性が出てきた。その中の一人のホステスがこちらに駆け寄り、「石神井(しゃくじい)までお願いね」と言われた。
石神井……。ここからどうやって行けばいいのか、よくわからない。
それでもお客さんに聞けばなんとかなるだろう、という考えで乗せたが、その判断は甘かった。
男性が乗り込んできたタイミングで私は尋ねた。
「すみません。まだ新人なもので道順を教えていただけますか」
するとさきほどまでホステスたちと話しながらデレデレしていた男性の表情が一変した。
「なに、ここから俺に道案内をさせるというのか!」
「いえ、間違ってしまうといけないので、教えていただけると助かるのですが‥…」
「いや、あんたはプロだ。プロなんだから、客の依頼に応じるのが当たり前だろう」
そう言われれば仕方ない、私はおおよその方向にクルマを走らせた。
するとその車中で男性の説教が始まった。
「それにしても、こんな道を知らない人を営業に出している会社は許せないなあ。あんたに文句を言っているんじゃないよ。こんな状態の人にタクシーを運転させているあんたの会社の社長に言っているんだ」
たしかにおっしゃることはごもっともであり、ひらすら肩身が狭い。
走り出して45分ほどして、偶然にも谷原のガスタンクが目に入った。
間違っていない。私は胸をなでおろした。目白通り沿い谷原の円形ガスタンクは、ドライバーにとって格好の目印なのである。