すると男性はこのあたりが落としどころと思ったのか、「あんたのおかげですっかり酔いがさめてしまったよ」と言いながらようやく道案内を始めてくれた。
初老の男性の“粋なはからい”
無事に石神井の自宅に着いて、「このような状態でして、運賃はいただけません」とお詫びした。
「いつもより少し高いけど、それとこれとは別のことだ。払わないわけにはいかない」
そう言って男性は不機嫌ながらもきちんと支払いを済ませ、降りて行った。
私はこのままで済ませるわけにはいけないと思い、タクシーを降りてあとを追った。
「せっかくのお楽しみのところ、私の至らなさでご不快な思いをさせてしまい、たいへん申し訳ございませんでした」
すると、男性は私の顔を見つめ、
「どうやら本当に道を知らなかったようだな。知らないふりをして遠回りしているのかと思っていたよ。あんたもその年でこの仕事を始めた理由があるんだろう。私も酒が入って少し言いすぎてしまったかもしれない。これからもいろんなことがあるだろうけど頑張りたまえ」
そう言って、私の手を取り、握手をしてくれた。
私は予想外の言動に戸惑った。
しかし、誠意を持って対応すれば、わかってくれることもあるんだ。当たり前だが、世の中悪い人ばかりではない。それを実感することができた私は、いつもより高揚した気分で帰庫した。
私はこの仕事を続けていくことに少しだけ自信が出た。