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郷ひろみとの“謎めいた破局”の背景にあった“意外な事情”…松田聖子(62)がスキャンダルを踏み台にして“無敵化”するまで

郷ひろみとの“謎めいた破局”の背景にあった“意外な事情”…松田聖子(62)がスキャンダルを踏み台にして“無敵化”するまで

『証言 タブーの昭和史』より #2

genre : エンタメ, 芸能

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トップアイドルである聖子が感じた「誤算」

 聖子はそもそも、1970年代からスターだった郷ひろみのファンだった。

 芸能人どうしの結婚においては、一方がデビューする前、相手のファンだったということはよくある話である。

 仰いで見る存在だった郷ひろみと松田聖子は、レコード会社が同じCBS・ソニーだったこともあり接点を持つ。

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 聖子のデビュー翌年の1981年には早くも「熱愛」報道が出現し、二人も交際を公言するようになった。

 1983年には二人の電話を盗聴したと思われるテープが飛び出し、「私がどれだけひろみさんのこと愛してるかわかってますか」「いやーん、もう抱っこして!」と電話でも“ブリッ子”だった「聖子」の声に日本中が仰天したのである。本物のように思えた迫真のテープだったが、二人はこれを黙殺した。

 どこから見ても結婚は秒読みかと思われたが、聖子にとっての「誤算」は自分自身の内側にあった。

 当時「2億4千万の瞳」をヒットさせていた郷ではあったが、30歳を目前にしてアイドルとしての人気は明らかに下り坂だった。

 それに対し、「秘密の花園」「SWEET MEMORIES」「瞳はダイアモンド」など大ヒット曲を連打する聖子は、もはや商業的な意味では郷よりはるかに格上の存在となっていた。

歯科医師との再婚会見時の松田聖子 ©文藝春秋

 トップアイドルである自分が、上がり目のない郷と結婚していいのだろうか——。ほんの2、3年前であれば思いもしなかった考えが聖子の中になかったとは言い切れない。

別れたその足でハワイで待つ神田正輝のもとへ

 郷はあくまで聖子と結婚するつもりでいたが、すでに聖子の心は映画『カリブ・愛のシンフォニー』(1985年公開)で共演した神田正輝に移っていた。

 この映画がメキシコロケだったことも、郷にとっては不運だった。急速に距離感を詰めた神田は、郷と違ってスターぶることもなく、聖子が体調を崩した際には献身的に看病したという。

神田正輝 ©文藝春秋

 郷ひろみと松田聖子が別れたのは1984年末のことだったといわれる。

「聖子は別れたその足で、ハワイで待つ神田正輝に会いに行った。日付変更線をまたいで、一日に二人の男と会っていたんだ」

 こう話していたのは生前の梨元勝(芸能評論家)であった。

 聖子はその後、1997(平成9)年に神田と別れた後、6歳年下の医師と結婚・離婚を経て2012年に歯科医と3度目の結婚。その間、2000年には郷ひろみとのデュエット曲を発表している。

 数々のスキャンダルを踏み台にして、無敵化した聖子は、かくしてファンにもアンチにもその生き方を語り継がれる存在となった。

証言 タブーの昭和史 (宝島SUGOI文庫)

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郷ひろみとの“謎めいた破局”の背景にあった“意外な事情”…松田聖子(62)がスキャンダルを踏み台にして“無敵化”するまで

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