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斜め下に25のユニフォームを着た、分厚くて四角い背中

 レフトウィング席に座ると、斜め下に25のユニフォームを着た、分厚くて四角い背中、筒香だ。筒香がいた。センターの桑原と何やらアイコンタクトしてニヤっとする。よく見えないけど、たぶん片っ方の口角だけあげているあの筒香スマイルだ。平凡なレフトフライをつかむと、観客から大歓声が湧き起こる。 ぜんぜんこちらからは見えないけど、たぶんあの筒香スマイルしているはずだ。自分の中で薄ぼんやりしていた感覚が少しずつ蘇ってくる。神宮のレフトスタンドでよく見ていた後ろ姿だった。

ベイスターズファンが待ち望んだ筒香復帰 ©時事通信社

 筒香がハマスタに帰ってきたことのお天気なりの歓迎なのか、この日の風は激しく巻いていた。ピッチャーはコントロールに苦しみ、フライがヒットになったりの乱打戦ならぬ乱風戦。しかしヤクルト石川雅規投手はさすがの落ち着きで風を制し、ヤクルト打線は乙女心のように千々に乱れるジャクソン投手の隙をついた。

 劣勢だった。叫びのような、祈りのような、筒香応援歌の大合唱がハマスタに響くのを不思議な気持ちで聞いていた。この感じ、知ってる。

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 復帰初打席は四球、2打席目はセンターフライ。3打席目はフェンス直撃のツーベース。徐々に徐々にボールが外野スタンドに近づいていく。8回裏、3点差。今季手応えをつかんだ蝦名がツーベースヒットで出塁、5年前に筒香からキャプテンを託された佐野がライト前に火の出るようなタイムリーを放つ。筒香のいないベイスターズをバットで支え続けた宮﨑が粘って四球を選んだ。「ゴウ、出番だよ」と言わんばかりに。ああ、この感じ、知ってる。

 何かを予感して、そんなこと普段はやらないのにスマホのカメラを構えて「ビデオ」をタップした。バッターボックスの手前で2回小さくジャンプした筒香。「つつごう」「つつごう」ハマスタに地鳴りのように響く筒香コール。この感じ、知ってる。

ゴンっという音がした。なつかしい、筒香の音だった

 2017年日本シリーズ第5戦、1点差の4回。ソフトバンクのバンデンハーク投手から筒香がツーランを放ち逆転した。あの時もそうだった。筒香はホームランを打つと、きっとあの場の誰もが感じた。叫びのような、祈りのような応援歌と、大きくゆったりと構える筒香と、空と大地と野球の神様。これらの要件が特殊な環境下で重なり合ったとき、ハマスタはおかしな空気に包まれる。

 ゴンっという音がした。なつかしい、筒香の音だった。ボールはまっすぐにライトスタンドへと消えていく。

 構えていたスマホはとうに落として、衝突事故のドラレコみたいな映像しか残っていなかった。

筒香の1号3ランでベイスターズが逆転 ©時事通信社

私にとってのベイスターズはやっぱり筒香

 汗なのか涙なのか、笑顔なのか泣き顔なのか、年季の入った筒香タオルくらいくしゃくしゃな顔で私は立ち尽くしていた。あの時羨ましい気持ちで見つめていた、バンテリンドームの中川颯ファンの男性。後輩でもなんでもないけど、私にとってのベイスターズはやっぱり筒香でした。仕事も何もかも投げ出してかけつけて、固唾をのんで見守って、人目も憚らず涙を流すこと、それは筒香でした。ジャック・ニコルソンから乾きかけの紙粘土を経て、私は今心から叫ぶ。

「筒香、筒香なんです! ベイスターズの筒香なんです! アメリカから帰ってきたんです! よかったです……」

続く9回を森原康平が抑え、6-5でベイスターズが勝利した ©時事通信社