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「土佐は故郷と呼ぶには冷たすぎる」

 竜馬の帰郷早々に勃発したこの騒動は一触即発の状態まで発展するものの、大事には至らず終息を迎える。しかし、下士にとっては後味の悪い、禍根を残す結末であった。それは竜馬も同じだ。行き場のない想いを爆発させるかのように、雨のなか肩を震わせながら静かにこう呟く。

「土佐は故郷と呼ぶには冷たすぎる 」

 顔は隠れて見えないが、激しく降り注ぐ雨はまるで彼の代わりに泣いているかのよう。吹き出しも微かに歪んでいるから、きっと絞り出すように出した一言だったのかもしれない。

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 当時の竜馬は25歳。このシーンを見ていると、幕末を駆け抜けた革命児も、どうにもならない世の中や非力な自分を憂いて涙する1人の青年だったのだ、と思わずにいられない。そこにあるのは、よそよそしい歴史の偉人ではない。体温を感じられるほど生々しい、1人の人間のそれなのだ。

 実際にこんな一幕があったかどうかは冒頭で話した通り誰にも分からない。だが、このシーンは「坂本竜馬 脱藩」という歴史的な出来事に対して、ただの情報として受け取るのではなく、彼の感情の機微に寄り添う余地を私たちに与えてくれる。これが、歴史上の人物をコミカライズすることの価値なのだろう。

 

 土佐藩の内乱以外にも、倒幕に奔走する「土佐勤王党」の結成、幕末の風雲児として根強い人気を誇る高杉晋作の登場など、『竜馬がゆく』8巻では竜馬脱藩というパズルのピースが続々と揃っていく。そのピースの間に潜む、竜馬の感情の揺れ動きを存分に感じてほしい。