通貨ごとの独自性
為替ディーラーには、不思議なもので、相性の良い通貨とそうでない通貨があります。「どの通貨が好きか?」と尋ねられれば、私は迷わず「スイス・フラン」と答えます。
ユーロの導入前は、ドイツにはマルクが、イタリアにはリラが、ギリシャにはドラクマが、という具合に欧州各国に法定通貨がありました。各通貨は、それはそれは好き勝手に……もとい、独特な動きをしていました。例えば一つの経済事象が起こった際に、通貨によって売られたり、買われたり、全く動かなかったり。反応がそれぞれ違う。こうした一見無秩序な各通貨の動きの中に、その独自性を見出しながら行う相場取引は、傍から見れば丁半博打にしかみえないはずですが、私にとっては深奥な考察を伴うものでありました。
それは丁度、様々な通貨や金利について、いくつかの条件設定のもとでYES/NOチャートを頭の中で逐一作り上げながら、取引戦略を構築していくようなものです。
主要通貨の直物為替、先物為替、1年程度までの短期金利を扱いながら、所属する金融機関の自己資金での売買を任されるプロップ(プロプライエタリー・ディーラー)だった30代。例えば為替市場でのビッグイベントであるアメリカの雇用統計の発表を前に、戦略を考えます。
直物為替というのは平素、ニュースなどで伝えられる為替レートになります。厳密に言うと「2営業日後に受け渡しされる際のレート」です。先物為替は「3か月先や6か月先に受け渡しされる為替レート」のことで、そこにはドル円であれば、日本と米国、2国間の金利差がレートの決定要素として絡んできます。
「直物」と「先物」の違いは、言うなれば2次元と3次元の違いとなります。「直物為替」は水平軸に時間(日、週、月など)、垂直軸に価格の2次元の世界です。一方、「先物為替」は水平軸に時間、垂直軸に価格、さらに奥行として3か月、6か月といった期間(満期日)が追加された3次元となります。つまり、先物には、現在の価格である直物為替の後方に、満期日までの時間経過に伴う価格がそれぞれ存在するので、上下の稜線が続く奥深い空間が生まれてきます。
刻々と変化する直物為替のレート予想が、2次元上で描かれる曲線を想像する作業とするなら、先物為替の予想はその2次元曲線の背景に連なっていく稜線の凹凸が、全体としてどんな山脈(山並み)を描くのかを想像するような作業となります。