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羽生善治52歳がタイトル挑戦 藤井聡太王将の師匠・杉本昌隆八段は「同世代として気持ちを重ねてしまう瞬間はありました」

特別対談 「霧隠れの羽生善治」 #1

note

杉本 特に驚きませんでした。それよりも羽生九段が全6局ですべて違う戦型を選ばれた。他の棋士にはとても真似できないと思うので印象的でした。若い頃から様々な戦型を駆使されてきた羽生九段の将棋が存分に表れていたんです。

鈴木 同世代として思うところはありましたか?

杉本 「羽生世代」として羽生九段に気持ちを重ねてしまう瞬間はありました。

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鈴木 やはりそうですか。

杉本 もちろん弟子に勝ってほしいんですよ。けれど、羽生九段にも万全で長く指していただきたい、そういう思いでした。

鈴木 私は取材して初めて知ったのですが、将棋において、若さとは絶対的な武器であるようですね。

杉本 残酷なほどその差は表れます。競技にもよりますが、スポーツ選手の現役の期間は30代、40代までですよね。棋士の現役寿命は長くて、一般的には60代前半だと思います。

杉本昌隆八段

「経験」は一度捨てるべき

鈴木 ピークはいつごろだと思いますか?

杉本 トップ棋士なら20代半ばから30代くらいだと思います。野球でも若くて勢いのある新人投手が、制球は粗くても球威でベテランバッターを押さえ込むような場面がありますよね。若さが持つ優位さというのは棋士にもあるんです。

鈴木 身体能力を駆使するスポーツだと理解できるのですが、将棋ではどこに差が現われるのでしょうか。

杉本 読む力です。年を重ねると経験則から読みを省いてしまうようになるんです。あとひとつ先まで読むと違う答えが隠れている場合があるのに、その判断を「経験」が邪魔してしまう。

鈴木 経験が、ですか。

杉本 「今までこれでよかったから、今回も大丈夫だ」と。ところが手が進んで間違いに気づく。若い頃に深かった読みが、だんだん外れていくのです。