鈴木 野球だとバッターは打席に立ち続けることで経験値が上がり、身体的衰えもカバーできる。将棋ではそうはいかないんですね。
杉本 若さが持つ閃きや感性は経験では補えず、むしろ判断を曇らせる。羽生九段も言われていますが、経験は一度捨てた方がいい。
52歳で王将戦に挑む姿が50代棋士に勇気を与えた
鈴木 経験でいうと将棋は敗北の意味がとても重いですね。対局は一方が「負けました」と宣言してようやく終わります。そういう競技はあまりありません。
杉本 お子さんはまず、そこでぶつかります。
鈴木 負けの責任はすべて自分にある。それは大人でも受け入れがたいことです。
杉本 10代、20代……と年齢でも受け入れ方は変わっていきます。私はよく物に当たっていました。「負けた日の扇子なんて使えるか!」と二つに折ったものです。奨励会時代は負けが将棋人生の終わりに繋がるので、それだけ死に物狂いでした。次の対局までに切り替えていくのですが、「頓死」という、最後の最後に大逆転負けを食らった時は暫くその記憶に苦しんだこともあります。終盤で「また頓死するんじゃないか」と。イップス状態です。
鈴木 疑心暗鬼になってしまうんですね。
杉本 でも羽生九段は過去、タイトル戦の挑戦者決定戦で頓死後に何事もなかったかのように2連勝されました。トップ棋士の方は切り替えも素晴らしいんです。
鈴木 年を重ね、若い才能と戦うことの難しさが分かるだけに、王将戦で羽生さんの奮闘に思いを込めてしまうのでしょうね。
杉本 同じ棋士としてこの表現がおかしいのは分かっているのですが、羽生九段が王将戦の挑戦者になってすごく嬉しかったんです。
鈴木 同じ世代として。
杉本 そうです。もちろん素晴らしいのは羽生九段です。でも、52歳で王将戦に挑む姿は50代棋士に勇気を与えてくれました。
(構成・児玉 也一)
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