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カープに移籍するまで「僕はポジティブではなかった」――赤松真人、胃がんを語る #2

広島カープ・赤松真人選手インタビュー

2018/05/01

「がんだけどまだ野球ができる」と決めるのは自分

──自分の人生を決めるのは自分自身だと。

赤松 そうですね。がんになってしまったのは、もう仕方がない。でも、「がんだからもう野球ができない」と決めるのも、「がんだけどまだ野球ができる」と決めるのも自分です。

 去年の7月、3軍で復帰した直後は、足が人のものみたいに感じられて動かず、がく然としました。トレーナーからは「3カ月で筋力は戻る」と言われて、筋力系のトレーニングを続けたところけっこう走れるようになった。それでもボールを握る感覚が戻らなかった時、「これはまずいな」と思いましたが、あきらめずに続けていたら、実戦に復帰できるまでに戻りました。それは「続ける」と自分で決めたからです。

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──ファンからの励ましも大きかったとお聞きしました。

赤松 本当にたくさんの方から励ましの手紙やエールをいただきました。「私もがんです」という方や、僕よりもっと重い病気やケガをされている方もいて、そういう方たちがさまざまなことにチャレンジされている姿から、僕はたくさんの勇気と元気をもらいました。

 だから、今度は僕が元気を届ける番だと思っているんです。プロ野球選手は、ある意味、夢を与える仕事でもあると僕は思っているので、あきらめず、できることを続ける姿を見せることで、多くの人に元気を配れたらいいなと思っています。

──ファンは、赤松選手がマツダスタジアムでプレーする姿を待ち望んでいます。

赤松 僕も待っています。でも、まずは2軍で結果を出さないと、ですよね。今の段階で成績を出すのは、正直ちょっと厳しいですが、何かの方法でうまくパフォーマンスを引き出せる可能性もあると思うので、それを探っていきたいと思っています。僕を見て「赤松が頑張っているから自分も頑張ろう」と思ってもらえるように、日々成長しながら、少しずつあがっていきたいですね。

 

写真=末永裕樹/文藝春秋

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