その後、せっかくだからということで、心霊スポットを回ることになった。Nさん自身、霊を信じているという。
僕はそもそも霊など毛ほども信じていない。それに加え、先程まで森の中で首を絞められていたのだ。今更、呪いのトンネルだのなんだの全く怖いと思わなくなっていた。
Nさんも全然怖がっていなかった。
「ここには霊はいないよ。ちょっと雰囲気があるだけで、全然だ」と言った。編集者たちは記事にならないから、困ったような顔をした。時間も遅くなってきたし、東京に帰ることになった。
人殺しのヤクザが「恐れるもの」
「Nさんって怖いものあるんですか?」
「ん、霊が怖いよ」
即答だった。
Nさんの話を信じるなら、Nさんはたくさんの人間を殺めてきている。Nさんに、恨みを持った霊が怖いのだろうか?
「違うよ。馬鹿言うなよ。俺に殺された奴なんか全く怖くねえよ。俺より弱かった奴が霊になったって、そんなのは何にもできねえよ」
霊が怖いと言っても、闇雲に怖がるわけではないのか。
「もっと強い力を持った霊だよ。得体の知れないヤツだ。もしかしたら、そもそも人間じゃないのかもしれない。自然から生まれたんだろうか。ドロッとした白くて大きい怖い霊だよ……」
冗談でも言っているような内容だが、Nさんの表情は真面目だった。捕食者の笑顔が消えている。
「今、俺の住んでいるマンションにもいるんだよ。それがとにかく怖いんだ」
僕は、霊を怖がるNさんがとにかく怖かった。怒っている時よりも、笑っている時よりも、怖がっているNさんが怖かった。
結局、この取材は上層部からのストップがかかり記事になることはなかった。
そしてNさんは再び大きな犯罪を犯し、また刑務所に収監されたという。
刑務所の中にドロッとした白くて大きい怖い霊が現れないことを祈る。