なぜ難聴だと認知症になるか
そもそも、「難聴がある人は認知症になるリスクが高い」という事実に関心が集まったのは、2017年に『ランセット』誌に掲載された論文によってでした。
ランセット国際委員会はエビデンス(科学的根拠)レベルの高い複数の研究結果を統合・分析する「メタ解析」を行いました。その結果、認知症発症の要因のうち、人の介入が可能なものは約40%を占めていました。
具体的には、社会的孤立、うつ病、非教育、喫煙、高血圧や糖尿病といった生活習慣病など12の要因が挙がる中、一番の危険因子とされたのが「難聴」でした。難聴がある人は、ない人に比べて1.94倍も認知症発症リスクが高かったのです。
別の研究になりますが、難聴を放置した場合の認知症発症リスクも報告されています。難聴がない人に比べ、軽度難聴でも発症リスクが2倍、中等度難聴で3倍、高度難聴だと5倍もリスクが高まります。また、中年期の難聴を放置しておくと認知機能が7歳ほど年上の人と同レベルになっているという結果も出ています。
なぜ、難聴が認知症発症の原因になるのか、そのメカニズムはまだ完全に解明されていませんが、いくつかの有力な仮説があります。
中でも最も説得力があると考えられるのが、難聴を放置しておくと社会的孤立が進んでしまうことです。
難聴になると、相手の会話が聞き取りにくくなり、内容を理解できなかったことを誤魔化すために、ニコニコしてやり過ごそうとします。難聴が「微笑みの障害」と呼ばれる所以ですが、これが続くことで相手に不信感を持たれたり、避けられるようになって孤立してしまうのです。
孤立すると、まず人と会う機会が減っていきます。当然会話する機会が減るので、コミュニケーションの総量が減っていく。これが脳の活動自体を減らすことになる。
我々は会話をする時、相手の言葉を頭の中で理解して、答えを頭の中で作っていく。その際、相手の言葉から様々な感情、「嬉しい」とか「悲しい」といった情動の反応が生まれるわけです。そうしたコミュニケーションがあればあるほど、大脳辺縁系を中心とした認知機能に関わる脳の活動が活発になります。
ところが耳が聞こえにくくなると、その機会が減ってしまう。高次の脳機能を使う機会が減ることで、認知機能がだんだんと落ちていってしまうのです。
難聴とは関係なく、そもそも社会的接触が「乏しい人」は、「十分な人」に比べて認知症発症数が約8倍になるという報告もあります。難聴は、その傾向を加速させるリスクがあるのです。
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本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「耳の老化 イヤホン難聴は認知症への道」)。全文記事では、具体的なメカニズムから、難聴を避けるテクニックまで、詳細に解説されています。