日常的に目にするようになった、人々が耳にイヤホンをつけて歩く姿。しかし、ここには難聴、および認知症につながる大きなリスクが含まれているという。慶應義塾大学名誉教授の小川郁氏が解説する。(取材・構成 神保順紀)

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高音部(4000ヘルツ)の聴力低下

 歳を取ったら、耳が遠くなるのは当たり前――。

 難聴といえば、そんな高齢者の悩みというイメージがあると思いますが、いま若者世代の聴力低下も問題になっています。

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 近年、若い世代を中心に、街中でイヤホンをしている人が本当に多くなりました。スマートフォンが普及し、2010年代半ばにワイヤレスのイヤホンが登場してからは、特にその傾向が強くなったようです。電車の中でも、みんなイヤホンをして、音楽、ラジオだけでなく、動画やゲームを楽しむために、常に大きな音を聞いている状態です。

若年層の聴力が悪化している(写真はイメージ) ©aflo

 こうした状況が背景にあるのでしょう。現在の40代以下の若年層において、高音部(4000ヘルツ)の聴力が20年前の同世代に比べ徐々に悪くなっていることがわかりました。

 国立病院機構東京医療センターと私が所属する慶應義塾大学医学部の共同研究で、2000年から2020年までに行われた約7万件の聴力検査結果を解析。10代から90代までの1万人以上の聴力変化をデータベース化しました。そこから判明したのが、若者世代の聴力低下だったのです。世界3大医学誌である『ランセット』電子版にも掲載されました。

 以前から世界保健機関(WHO)が、「10億人超の若者が携帯音楽プレイヤーなどの使用で、難聴リスクに晒されている」と報告しているように、イヤホンなどの使い過ぎによる影響が、若い世代から出始めていると考えられます。

 これは、現在の高齢化社会を考えた時、とても大きな問題です。というのも、これは単純に「耳の聞こえ方」の問題だけでは済まないからです。いま難聴は、認知症になる一番のリスクと考えられています。

 10代、20代から最先端のイヤホンで耳に刺激を受けてきた世代が高齢化し、難聴になる確率が高まると、その世代の認知症リスクも比例して高まる……そんな社会的課題が表面化してきているのです。

 今回は、難聴と認知症の関係、加齢やイヤホンによる難聴のメカニズムと対応策について解説していきます。