この2月から異様な売れ行きを見せている文庫本がある。『仙境異聞・勝五郎再生記聞』(岩波文庫)。江戸後期の国学者、平田篤胤(ひらた・あつたね 1776-1843)による「天狗にさらわれて帰ってきた少年へのインタビュー」の記録だ。なぜ今、天狗少年の話? 篤胤の研究者でもある日本思想史家の子安宣邦さんに聞きました。
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学者によって記録された「異界通信」みたいなもの
――子安さんが校注(校訂と注釈)した『仙境異聞』がツイッターを中心に大きな話題になり、相継いで増刷されるほどの売れ行きをみせています。
子安 いやあ、これはたしかに異常なことですね。「人の魂はどこへ行くのか」をテーマに記紀神話などによって考え続けた国学者篤胤の主著は『霊の真柱』(たまのみはしら)で、『仙境異聞』はその篤胤の著書としても風変わりなものです。言ってみれば、学者によって記録された「異界通信」みたいなものです。その『仙境異聞』をいま突然人びとが争って求め、読み始めているんです。
――なんとも不思議な記録集です。文政3(1820)年の秋の末、突如として江戸・浅草観音堂の前に現れた15歳の少年・寅吉。彼は天狗にさらわれた経験を持ち、天狗世界の情報を身につけていた。当時の知識人たちは興奮して、「異界からの帰還者」寅吉を囲んで「仙境はどんなところだ」「何食っているのか」「将棋はあるのか」と、あれやこれやと質問攻めにするわけですが、その騒動の様子がいちいち面白い。
子安 しかし、この本が今年になって突如として売れ始めた。これは「騒動」ですよ。僕がこの事態に気がついたのは、岩波書店からやたらとこの文庫本の「増刷通知」のハガキが届くようになってからです。