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謎ブーム どうして「天狗にさらわれた少年の話」が売れているのか?

岩波文庫『仙境異聞』の校注者も首をかしげるばかり

44歳の学者と、15歳の少年の微笑ましい記録

――当時、篤胤は44歳。いい大人が、異界情報を聞き出そうと15歳の少年・寅吉にお菓子をあげたり、目隠し遊びを一緒にしたり、ご機嫌を取りながらやり取りしているのが微笑ましいんですが、どうしてここまで寅吉に入れ込んだんでしょう。

子安 もちろん「何をやっているんだ」「騙されているのでは」という批判もあったわけですが、そもそも篤胤は「目に見えない世界」の実在を主張していた人です。「顕幽二元論」といいますが、彼は目に見える「顕世」とともに、目に見えない「幽世」が存在すると信じていました。「幽世」とは、神霊や死後の魂の鎮まる世界。そこには同時に天狗などの異類的存在の住む世界「異界」があるとも考えていたんです。だから、「異界情報」を持っている寅吉は、篤胤自身の考えを論証してくれるインフォーマント、情報提供者と期待されたんでしょうね。だから、天狗少年がいるぞと耳にした篤胤は、その日のうちに寅吉のもとへ駆けつける。

 

――友だちの伴信友が家に遊びに来てたのに、「すぐ帰ってくるから」とか言って、飛び出して行っちゃう。

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子安 実に面白いですよねえ。

大坂から来た人が「寅吉」のことを知った意味

――寅吉を描写する篤胤の筆も温かいんですよね。大坂から来ていた篤胤の門人、松村平作が大坂に帰る日、寅吉が寂しくなっちゃって落ち込んでいる場面とか、別れの書を平作に披露する場面とか、ちょっと切なくてかわいい。

子安 松村平作がまさにそうですが、『仙境異聞』には18—19世紀日本における知識人のネットワークのありようが示されているんです。寅吉が出現した文化・文政の時代というのは、篤胤、山崎、屋代らがたえず集まっては知識情報を交換するような知的ネットワークが濃密な形でできていた。それは江戸だけではない。京都、大坂、そして各地の城下町に知的欲求の高い人物たちが存在し、それぞれが地域や国をこえて行き来して知的交流をなしていく情報社会として知識世界が徳川後期には成立していた。

 

――今のようなバーチャルな交流でなく、直に会って情報交換するような知的交流ですね。

子安 そうです。僕は昔、大阪大学で教えていましたが、そこでかつての大坂豪商たちが設立した学問所「懐徳堂」の記念事業に関わっていました。そこで近世日本の知識世界のことを沢山学びました。当時の旅をする学者文人たちは、関西に来れば必ず懐徳堂とか木村蒹葭堂に立ち寄るのですね。こうした知的サロンは三都をはじめとする各都市にあった。これらを連ねる形で全国的な知的ネットワークが作られていたのです。さらに江戸や大坂には濃密な情報網が作られていた。この江戸の情報社会の真っ只中に寅吉が異界情報をもって出現するのです。寅吉もこの情報世界の中で自分の異界情報を育んでいるという感じがします。ことに宇宙関係の質問や回答にそれを感じます。寅吉もその異界情報も江戸の情報社会の産物だという性格をもっています。