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謎ブーム どうして「天狗にさらわれた少年の話」が売れているのか?

岩波文庫『仙境異聞』の校注者も首をかしげるばかり

天狗小僧・寅吉のメッセージとは?

――月の兎について尋ねたり、空から見た国土はどんな感じだと聞いたり、「日輪はいかなる質」かと太陽のことを尋ねていたりしますね。寅吉はそれに対して、今でいうフレアのことを説明していたりして驚きますが。

子安 ヨーロッパ世界の知識、天文学・地理学・医学などは輸入され、享保以降は民間でも学ばれ、断片的でも知識として民間にも広くもたれるようになっていきます。さらに寅吉が出現した10年後には藩校が全国的に設けられ、寺子屋が広く普及し始める「教育の爆発」という天保時代がやって来ます。この時代に青少年として教育を受けた人びとが、明治維新と文明開化日本の立役者になります。そう考えると寅吉という異界情報の天才的な伝達者の出現というのは、単に不思議な現象にはとどまらない、近世日本社会のある形での知的爛熟の象徴、あるいは好奇的知性の異形的表現ではないかという気がしてきます。

『仙境異聞』の校訂に使われた『嘉津間答問』

――子安さんは、ツイッターで「明治維新150年の2018年に仙童寅吉が復活した意味は何か」と問いかけていました。ご自身はどんな考えをお持ちですか?

子安 難しい問題ですが、天狗小僧・寅吉という存在は「異界からの帰還者」であり「異人」であるわけですね。当時の知識人たちは、知的好奇心もあって異界情報を求める一方、異界というものを信じ、異界を理解しようと努めた。『仙境異聞』とは、異邦の知識を導入しながらも、なお鎖国体制にあった日本の閉ざされた知識欲が溢れ出すように造り出した「異界」でありその情報ではないでしょうか。現在はどうか。たとえば観光立国を唱えつつも、まだまだ日本は一種の鎖国状態とも言うべき他国に不寛容を抱えた国だと思います。2年後、東京五輪の2020年はちょうど寅吉出現から200年。寅吉は天狗の世界から、この国が本当に開かれた国になるかどうかを見守っているかもしれませんよ。

――ということは『仙境異聞』、この先も売れ続けますかね?

子安 いやあ、そればっかりは分からない。一時期この文庫が品切れ状態になって、アマゾンで3万いくらの高値をつけていたのには驚いた。僕の岩波新書『本居宣長』なんてアマゾンで1円ですからね。僕はこれを名著だと思っているんですが、これは1円、「天狗小僧寅吉」は3万円(笑)。天狗の世界ってのは、分からない。

 

写真=山元茂樹/文藝春秋

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