2006年4月10日、都内の閑静な住宅街でひとつの「事件」が起こった。その日、不審死を遂げた安田種雄さん(享年28)は、木原誠二前官房副長官の妻X子さんの元夫である。事件当時、X子さんは「私が寝ている間に、隣の部屋で夫が死んでいました」と供述したという。通称「木原事件」と呼ばれるこの“怪死事件”を巡り、1人の元刑事が週刊文春に実名告発をした。
「はっきり言うが、これは殺人事件だよ」
木原事件の再捜査でX子さんの取調べを担当した佐藤氏は、なぜそう断言するのか。捜査を進めるなかで、どんな情報を掴んでいたのか——。ここでは、佐藤氏が「捜査秘録」を綴った『ホンボシ 木原事件と俺の捜査秘録』(文藝春秋)より一部を抜粋して紹介する。(全4回の3回目/4回目に続く)
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“重要な証言”の真偽
俺が「取調べ班」の一員に加わってから、捜査が大きな動きを見せたのは2018年7月頃のことだった。Y(編注:安田種雄さんの死亡時刻に現場にいた男。当時、覚せい剤取締法違反で逮捕され、宮崎県の刑務所にいた)が、宮崎で重要な証言を行ったからだ。
宮崎刑務所に収監されていたYに捜査員は30回ほどの面会を重ねていた。そのなかでこんな供述をしたのだ。
「事件当日の夜中、X子から『種雄君が刺せと言ったので、刺しちゃった』と電話があった。家に行ったら、種雄が血まみれで倒れていた」
Yはこの連絡を受けた後、車で種雄さんとX子が暮らす自宅に1時間かけて向かい、深夜24時頃に到着した。その動きはNシステムによって裏付けられた。
種雄さんの死亡推定時刻は4月9日の22時頃なので、この時点でYが実行犯であることはあり得ない。俺たちは「Yはホシではない」と考えた。
では、Yはそこで何を見たのだろうか。
俺はその証言を確かめるため、その後、自ら2度にわたって宮崎刑務所に行き、Yと面会した。